狼少年とたぶん百一匹くらいの狼 - 1/6

※リーダーと今は亡きその一族狼党の話。

ギャグです。カッコいいユーリさんはいません。

※妄想爆裂オリジナル解釈設定。説明臭いかもしれない。代わりにエロもグロも恋愛もほぼありません(何か所か匂わせはあり)。それでもよければこのままどうぞ。


 ボーグが壊滅してヴォルコフのくそ野郎がいなくなって、百パーめでたしめでたしとは言えないまでも、とりあえず平和に暮らせるようになったロシアチームの四人。

 若干守銭奴だが慈愛に満ちたバーバ・ヤーガの下、毎日それなりに普通の男の子をやっていた。

 とある日、モスクワ郊外の時刻はもうすぐ23時。養育センターの上級生用の談話室で、四人は一般男子のたしなみとしてベイブレード――――ではなくサッカーなぞ見ていた。……とはいえ、若干一名はソファに座ってるだけで、目線は主に本の方に行っていたが。ボーグじゃとても考えられなかったことだが、ゴルベヴァセンター長の養育方針は『自由と自律』。「何がどうなっても自分で責任を負える範囲なら」、こうやってだらだらテレビを見ていても怒られない。ただ今日は、どうもみんな微妙にお疲れのようで。

「んじゃ、俺限界だからもう寝るわ……」

 あくびをしながら、先に離脱を表明したのはイワン。先程からうとうとしていたが、ついに眠気の方が勝ったらしく立ち上がる。すかさずお調子者担当のボリスが茶化す。

「ああ、ガキは早く寝なくちゃダメだぞ」

「るっせぇよバーカ。俺はお前と違って頭使ってるから疲れるの。おやすみ」

「「「おやすみ」」」

 互いに悪態つきつつ挨拶は交わすあたり、ボーグ勢は他が思っているよりは仲は良い。

 彼が離脱した後、今度はセルゲイが立ち上がった。

「俺も明日はバイト先の仕込みがあるから、寝るよ」

「大変だなぁ」

 吞気に抜かすボリスに、彼は釘を刺した。

「他人事みたいに言ってないでお前も寝ろ。明日食事当番だろ。ユーリも適当なところで切り上げろよ」

「ああ」

 『基礎物理学』の本に集中していたユーリは、そこで初めて顔を上げて答えた。

「おやすみ」

「「おやすみ」」

 双子並みの完全シンクロの挨拶に見送られ、セルゲイも談話室を後にする。

 人数が半分に減ったところで、ボリスがユーリにそっと耳打ちした。

「二人とも俺の扱いひどくない?言いたい放題言ってくれてさぁ……まぁいいや。なんか俺も今日眠いし、寝る。おやすみ」

「おやすみ」

 ボリスがわりと素直に行ってしまったので、ついに談話室にはユーリ一人だけになってしまった。特に何かしゃべってるわけでもなかったくせに、人の声が聞こえなくなると寂しいものである。

「……俺も寝るか」

 彼は立ち上がると、別に興味なかったサッカー中継を消し、本を小脇に自分の部屋へ引き上げた。

***

 それから数時間後。

「ん……」

 時刻は既に夜半を過ぎ、巷で「帝王」とおそれられるこの男も夢の中。ところがさっきから、どうも顔辺りで変な感覚がする。

 なんか生温くて濡れたものが当たってるし、妙に獣臭い息を感じる。

(ボリスめ……たちの悪い悪戯をしてやがるな)

 未だ目覚めぬ夢の淵で、ユーリは思った。十年近くの付き合いで、その愚かさもお調子度合いも把握しきっているながの相棒が、温情に甘えてよからぬ真似をしていると思ったらしい。

 この俺に無礼をはたらこうとはいい度胸だな、後学のために一発くれてやる――――そう勇んで目を開けた途端、金色の瞳と目が合った。

「ワフッ」

「え……」

 眼前にあったのが明らかに人間の顔じゃなかったので、さすがの彼も怒りを忘れた。一匹の獣が、自分に覆いかぶさる格好で、ぺちゃぺちゃと顔を舐めている。
長い鼻面、ずらりと並ぶ鋭い牙、尖った耳、白となぜか赤のふっさふさもふもふな毛皮。
 どう見ても、色以外はモノホンの狼であった。

「うわぁああああぁ!!」

 案外ありふれた反応で絶叫した後、ユーリは即座に戦闘準備に入った。

(狼!?なぜ!?こんな街中に!?狂犬病でなくても噛まれたら一巻の終わりだ!ウルボーグ、ウルボーグはどこだ?…………あ、あるわけないか。これどう考えても夢だ。夢……?こんなにはっきり?明晰夢ってやつか)

 左手で武器をまさぐりつつひとしきり焦った後、全部自分の頭の中で納得して動きを止める。

 そんな一人芝居を演じる彼の前に、件の狼は腰を下ろして首を傾げると、金色の目で彼をじっと見つめて、厳かに口を開いた。

「まあ待て、落ち着け。貴様、今私に得物を向けようとしたな?まあ、我が家の血は衰えていないようで感心するが」

「喋った!何者だお前!」

 左の前足をちょいちょいと差し出す狼に、ユーリは普通に人語で話しかけた。

「そこまでしか驚かないのも大変よろしい」

 特に意に介することもなく、狼は再び厳かに口を開いた。

「私はお前の高祖父だ。先代の“ユーリ”にして、イヴァノーフ家最後の“公式な”当主。祖霊を代表して、今宵お前と話をするために会いに来た。そろそろ話のわかる年頃かと思ってな」

 姿形と言葉の不釣り合いさにふさわしく、何とも信じがたいお話が飛び出した。

 どうやらユーリの父方の家は、もはや見る影もないけど御大層な血筋らしい。そしてこの妙ちくりんな狼は、彼とそこまで代の離れていないご先祖様だという。

 親父関連の話なんぞもううんざりだと思いつつ、ユーリはつい興味を引かれてやり取りを続ける。

「祖霊……?先祖か。父方のひいひい爺さんで、俺と同じ名前だってか?いや、その前に」

 彼は目の前の「高祖父」に訊ねた。

「……なぜ狼?」

「ファ~……まいった、本当に何も知らぬのだな」

 先代ユーリ狼は大きなあくびをした後、しかしかと後脚で耳を掻き、きちっと座り直して真剣な様子で言った。

「我々は元来、女王たるウルボーグ様の血を引く者。人の肉体が滅びれば、死後その魂は女王の眷属たる気高き獣となるのだ。幼き捨て子の身で死ぬことなく生き延び、女王の形代の独楽を操れることを、不思議に思わなかったのか」

 要するに、イヴァノーフ家の連中は聖獣ウルボーグの子孫で、その魂の半分くらいは狼、そしてユーリにもその形質がしっかり現れているということのようだ。

「ああ、俺は純粋な人間じゃなかったというわけだな」

 ユーリは即座にそう返した。

「人聞きの悪い」

 身も蓋もない返答に、先代はフン、と鼻息をつき、ペロペロと鼻と口の周りを舐めた。

 さすがボーグの賢い枠、大人には反抗的だが物分かりは良い。思えばああいうこともこういうことも、言われてみればそれっぽい事象があったなー、あれウルボーグの遺伝子の仕業だったのかと、ユーリはまた一人で納得した。普通の人間なら到底これで理解も納得もできまい。

 先代は若干偉そうにすら見える気品を漂わせて、こう続けた。

「お前は我が家の‟ユーリ”の三世か四世目に当たる。いや五世だったかな」

(……狼になって若干知能下がってないか?)

 家系の記憶が怪しくなっている様を見て、ユーリは言葉にせず思った。まだ(設定上)若い彼には、すぐに「今何年だったっけ?」「姪っ子/甥っ子/孫ちゃんって何歳だっけ?」となる大人の感覚が分からなくても仕方あるまい。

 もったいぶった様子の先代はさらに続けた。

「今やお前は、我らが『イヴァノーフ』の名を継ぐ最後の一人。次代を担う新たな王として、なおかつ大事な群れの一員として、ふさわしい玉座についてもらわねばなるまい。かくなる上は我らが屋敷にて、まず祝いの饗応を―――――」

「都合のいいこと言いやがって。今の今まで何もしてくれなかったじゃないか」

 突然言葉を遮られ、先代狼は首を傾げる。

 ユーリは目の前の狼を睨みつけ、胸の内にあった思いをすべてぶつけた。

「そうだ、祖霊とかなんとか言いながら、お前らが俺を守ってくれたことが一度でもあったか?玉座とやらに安穏とふんぞり返って、俺がこんなになるのを黙って見てたって言うのか?馬鹿馬鹿しい。イヴァノーフの当主だか王だか知らないが、もう俺はあのクソ親父との縁を完全に切りたいんだ、放っておいてくれ」

 彼がそう言うと、先代狼は金色の目を見開き、じっと当代の目を見据えた。それから大あくびをしてにわかにぶるぶると体を震わせ、再び鼻をペロペロしてからこう言った。

「たわけたことを。それは本心か?本当は何もかもわかっているくせに」

 狼は金色の目を細め、じっとユーリを睨み返した。さすが彼と血脈を同一とする者、胸を張って座っているだけで、相手を威圧するほどの気迫がにじみ出る。

 凛と冷たく通った声で、先代は滔々と彼を説教した。

「何も変わっておらぬ冷酷な世間と、あのとち狂った組織にいた間は言い訳も立とう。だがその後も己を顧みず目を背け、現実の群れの仲間にも、内なる我々の声にも耳を貸さず、自らの拠り所を信じようとしなかったのはお前。それでは誰の助けも届くはずがあるまい。我々のせいだと?甘ったれるな」

「うっ……」

 図星を刺されて、ユーリは押し黙った。またしてもいろいろと思い当たることが多すぎて、何も言えなくなる。

 人生いろいろあって大人には罵倒されるか、こちらがナメた振る舞いするかしかしていないユーリ。自分よりずっと年上の人間に、こんなに理路整然と正論で諭してもらうのなんて初めてである。案外根は純粋で真面目なので、彼は素直に反省した。

 うなだれて縮こまる彼を見つめ、先代は満足したのか、険しい表情を緩めてこう言った。

「とはいえ、我々が全き無実だったとは申さぬ。現世ではもう肉体を持たぬ身とはいえ、掟に背いてでも、もっと早く、いくらかお前を救ってやれていたらと悔やむばかりだ。さあユーロチカ、ついておいで。お前が本来いるべきだった場所に案内しよう」

 先代狼は立ち上がると、不思議な夢の異空間を、どこかに向かって歩き始めた。

 ユーリは訝しみつつも、その後に従って歩いて行った。