※リーダーと今は亡きその一族狼党の話。
※ギャグです。カッコいいユーリさんはいません。
※妄想爆裂オリジナル解釈設定。説明臭いかもしれない。代わりにエロもグロも恋愛もほぼありません(何か所か匂わせはあり)。それでもよければこのままどうぞ。
ボーグが壊滅してヴォルコフのくそ野郎がいなくなって、百パーめでたしめでたしとは言えないまでも、とりあえず平和に暮らせるようになったロシアチームの四人。
若干守銭奴だが慈愛に満ちたバーバ・ヤーガの下、毎日それなりに普通の男の子をやっていた。
とある日、モスクワ郊外の時刻はもうすぐ23時。養育センターの上級生用の談話室で、四人は一般男子のたしなみとしてベイブレード――――ではなくサッカーなぞ見ていた。……とはいえ、若干一名はソファに座ってるだけで、目線は主に本の方に行っていたが。ボーグじゃとても考えられなかったことだが、ゴルベヴァセンター長の養育方針は『自由と自律』。「何がどうなっても自分で責任を負える範囲なら」、こうやってだらだらテレビを見ていても怒られない。ただ今日は、どうもみんな微妙にお疲れのようで。
「んじゃ、俺限界だからもう寝るわ……」
あくびをしながら、先に離脱を表明したのはイワン。先程からうとうとしていたが、ついに眠気の方が勝ったらしく立ち上がる。すかさずお調子者担当のボリスが茶化す。
「ああ、ガキは早く寝なくちゃダメだぞ」
「るっせぇよバーカ。俺はお前と違って頭使ってるから疲れるの。おやすみ」
「「「おやすみ」」」
互いに悪態つきつつ挨拶は交わすあたり、ボーグ勢は他が思っているよりは仲は良い。
彼が離脱した後、今度はセルゲイが立ち上がった。
「俺も明日はバイト先の仕込みがあるから、寝るよ」
「大変だなぁ」
吞気に抜かすボリスに、彼は釘を刺した。
「他人事みたいに言ってないでお前も寝ろ。明日食事当番だろ。ユーリも適当なところで切り上げろよ」
「ああ」
『基礎物理学』の本に集中していたユーリは、そこで初めて顔を上げて答えた。
「おやすみ」
「「おやすみ」」
双子並みの完全シンクロの挨拶に見送られ、セルゲイも談話室を後にする。
人数が半分に減ったところで、ボリスがユーリにそっと耳打ちした。
「二人とも俺の扱いひどくない?言いたい放題言ってくれてさぁ……まぁいいや。なんか俺も今日眠いし、寝る。おやすみ」
「おやすみ」
ボリスがわりと素直に行ってしまったので、ついに談話室にはユーリ一人だけになってしまった。特に何かしゃべってるわけでもなかったくせに、人の声が聞こえなくなると寂しいものである。
「……俺も寝るか」
彼は立ち上がると、別に興味なかったサッカー中継を消し、本を小脇に自分の部屋へ引き上げた。
***
それから数時間後。
「ん……」
時刻は既に夜半を過ぎ、巷で「帝王」とおそれられるこの男も夢の中。ところがさっきから、どうも顔辺りで変な感覚がする。
なんか生温くて濡れたものが当たってるし、妙に獣臭い息を感じる。
(ボリスめ……たちの悪い悪戯をしてやがるな)
未だ目覚めぬ夢の淵で、ユーリは思った。十年近くの付き合いで、その愚かさもお調子度合いも把握しきっている長の相棒が、温情に甘えてよからぬ真似をしていると思ったらしい。
この俺に無礼をはたらこうとはいい度胸だな、後学のために一発くれてやる――――そう勇んで目を開けた途端、金色の瞳と目が合った。
「ワフッ」
「え……」
眼前にあったのが明らかに人間の顔じゃなかったので、さすがの彼も怒りを忘れた。一匹の獣が、自分に覆いかぶさる格好で、ぺちゃぺちゃと顔を舐めている。
長い鼻面、ずらりと並ぶ鋭い牙、尖った耳、白となぜか赤のふっさふさもふもふな毛皮。
どう見ても、色以外はモノホンの狼であった。
「うわぁああああぁ!!」
案外ありふれた反応で絶叫した後、ユーリは即座に戦闘準備に入った。
(狼!?なぜ!?こんな街中に!?狂犬病でなくても噛まれたら一巻の終わりだ!ウルボーグ、ウルボーグはどこだ?…………あ、あるわけないか。これどう考えても夢だ。夢……?こんなにはっきり?明晰夢ってやつか)
左手で武器をまさぐりつつひとしきり焦った後、全部自分の頭の中で納得して動きを止める。
そんな一人芝居を演じる彼の前に、件の狼は腰を下ろして首を傾げると、金色の目で彼をじっと見つめて、厳かに口を開いた。
「まあ待て、落ち着け。貴様、今私に得物を向けようとしたな?まあ、我が家の血は衰えていないようで感心するが」
「喋った!何者だお前!」
左の前足をちょいちょいと差し出す狼に、ユーリは普通に人語で話しかけた。
「そこまでしか驚かないのも大変よろしい」
特に意に介することもなく、狼は再び厳かに口を開いた。
「私はお前の高祖父だ。先代の“ユーリ”にして、イヴァノーフ家最後の“公式な”当主。祖霊を代表して、今宵お前と話をするために会いに来た。そろそろ話のわかる年頃かと思ってな」
姿形と言葉の不釣り合いさにふさわしく、何とも信じがたいお話が飛び出した。
どうやらユーリの父方の家は、もはや見る影もないけど御大層な血筋らしい。そしてこの妙ちくりんな狼は、彼とそこまで代の離れていないご先祖様だという。
親父関連の話なんぞもううんざりだと思いつつ、ユーリはつい興味を引かれてやり取りを続ける。
「祖霊……?先祖か。父方のひいひい爺さんで、俺と同じ名前だってか?いや、その前に」
彼は目の前の「高祖父」に訊ねた。
「……なぜ狼?」
「ファ~……まいった、本当に何も知らぬのだな」
先代ユーリ狼は大きなあくびをした後、しかしかと後脚で耳を掻き、きちっと座り直して真剣な様子で言った。
「我々は元来、女王たるウルボーグ様の血を引く者。人の肉体が滅びれば、死後その魂は女王の眷属たる気高き獣となるのだ。幼き捨て子の身で死ぬことなく生き延び、女王の形代の独楽を操れることを、不思議に思わなかったのか」
要するに、イヴァノーフ家の連中は聖獣ウルボーグの子孫で、その魂の半分くらいは狼、そしてユーリにもその形質がしっかり現れているということのようだ。
「ああ、俺は純粋な人間じゃなかったというわけだな」
ユーリは即座にそう返した。
「人聞きの悪い」
身も蓋もない返答に、先代はフン、と鼻息をつき、ペロペロと鼻と口の周りを舐めた。
さすがボーグの賢い枠、大人には反抗的だが物分かりは良い。思えばああいうこともこういうことも、言われてみればそれっぽい事象があったなー、あれウルボーグの遺伝子の仕業だったのかと、ユーリはまた一人で納得した。普通の人間なら到底これで理解も納得もできまい。
先代は若干偉そうにすら見える気品を漂わせて、こう続けた。
「お前は我が家の‟ユーリ”の三世か四世目に当たる。いや五世だったかな」
(……狼になって若干知能下がってないか?)
家系の記憶が怪しくなっている様を見て、ユーリは言葉にせず思った。まだ(設定上)若い彼には、すぐに「今何年だったっけ?」「姪っ子/甥っ子/孫ちゃんって何歳だっけ?」となる大人の感覚が分からなくても仕方あるまい。
もったいぶった様子の先代はさらに続けた。
「今やお前は、我らが『イヴァノーフ』の名を継ぐ最後の一人。次代を担う新たな王として、なおかつ大事な群れの一員として、ふさわしい玉座についてもらわねばなるまい。かくなる上は我らが屋敷にて、まず祝いの饗応を―――――」
「都合のいいこと言いやがって。今の今まで何もしてくれなかったじゃないか」
突然言葉を遮られ、先代狼は首を傾げる。
ユーリは目の前の狼を睨みつけ、胸の内にあった思いをすべてぶつけた。
「そうだ、祖霊とかなんとか言いながら、お前らが俺を守ってくれたことが一度でもあったか?玉座とやらに安穏とふんぞり返って、俺がこんなになるのを黙って見てたって言うのか?馬鹿馬鹿しい。イヴァノーフの当主だか王だか知らないが、もう俺はあのクソ親父との縁を完全に切りたいんだ、放っておいてくれ」
彼がそう言うと、先代狼は金色の目を見開き、じっと当代の目を見据えた。それから大あくびをしてにわかにぶるぶると体を震わせ、再び鼻をペロペロしてからこう言った。
「たわけたことを。それは本心か?本当は何もかもわかっているくせに」
狼は金色の目を細め、じっとユーリを睨み返した。さすが彼と血脈を同一とする者、胸を張って座っているだけで、相手を威圧するほどの気迫がにじみ出る。
凛と冷たく通った声で、先代は滔々と彼を説教した。
「何も変わっておらぬ冷酷な世間と、あのとち狂った組織にいた間は言い訳も立とう。だがその後も己を顧みず目を背け、現実の群れの仲間にも、内なる我々の声にも耳を貸さず、自らの拠り所を信じようとしなかったのはお前。それでは誰の助けも届くはずがあるまい。我々のせいだと?甘ったれるな」
「うっ……」
図星を刺されて、ユーリは押し黙った。またしてもいろいろと思い当たることが多すぎて、何も言えなくなる。
人生いろいろあって大人には罵倒されるか、こちらがナメた振る舞いするかしかしていないユーリ。自分よりずっと年上の人間に、こんなに理路整然と正論で諭してもらうのなんて初めてである。案外根は純粋で真面目なので、彼は素直に反省した。
うなだれて縮こまる彼を見つめ、先代は満足したのか、険しい表情を緩めてこう言った。
「とはいえ、我々が全き無実だったとは申さぬ。現世ではもう肉体を持たぬ身とはいえ、掟に背いてでも、もっと早く、いくらかお前を救ってやれていたらと悔やむばかりだ。さあユーロチカ、ついておいで。お前が本来いるべきだった場所に案内しよう」
先代狼は立ち上がると、不思議な夢の異空間を、どこかに向かって歩き始めた。
ユーリは訝しみつつも、その後に従って歩いて行った。