明日は君の光、明後日は僕の闇

※「きかんしゃトーマス」および原作『汽車のえほん』に出てくるスコットランドの双子のお話。Not擬人化。原型展開。

※ドナルドとダグラスがソドー島に来るときの話。腐向けではない。一応背景は原作準拠ですが、捏造、自己解釈大いに注意。駄目だと思ったら逃亡です。


「……ダギー、追手の音は聞こえますか?」

「いいえ、ドナル、だーれもいやしませんよ」

 星の瞬く薄明の中で、一台の機関車がもう一台に尋ねた。

 彼と瓜二つの姿をした片割れの機関車は、普段となんら変わらない間延びした声で答えた。

 ここは、おそらくブリテン島の西端に程近い、廃止された支線。

 暗闇の中に、BR57646――――“ドナルド”、とBR57647―――――“ダグラス”はいた。

 漆黒の塗装は夜の闇と相まって、彼らの姿を上手く隠している。この時ばかりはあの故郷のカレドニアン鉄道の、目の覚めるようなブルーでなくてよかったと思った。

 彼らは今、逃避行の真っ最中なのであった。

 所属していた国鉄の管轄局を捨て、離島の保存鉄道へ落ちのびる過酷な旅だ。時代に見捨てられ、どちらか一方しか助からない、そんな運命に見切りをつけるべく、双子は楽天地を目指した。

 元々この計画を思いついたのはドナルドだ。ダグラスは当初こそ戸惑っていたが、今ではこの旅に自分よりも希望を持って臨んでいる。だが、ドナルドは日を追うごとに不安になってきた。

 双子である自分達を、そっくり受け入れてくれる場所が本当にあるのか、という不安である。

「ダギー、そこの茂みには誰もいませんか?」

 不安が不安を呼び、疑心暗鬼になる。

 話しかける相手は分かっているのに、未だ慣れない片割れの名前を、確かめるようにわざと呼んだ。

「しつこいですなあ、ドナル。誰も追っかけてなど来ていませんよ。もう私達には、それほどの価値はなくなったんですから」

 繰り返し同じことを問われて嫌になったのか、さすがに不機嫌さの混じる声で、ダグラスは言った。

 その言葉が、ますますドナルドの胸に刺さる。

「それほどの価値はない……ですか。トップハム・ハット卿は、果たしてそんな機関車を二台も受け入れてくれるんですかね」

 追いかけるだけの値打ちもなくなったということか。それとも、どうせ失敗に終わるのだから、いずれ戻ってくるだろうと手をこまねいているのか。捨てる側からそう思われるのは癪に障るし、上等だ、と思うが、果たして受け入れ予定地の局長も同じことを思っていないかどうか……。

「それは、行ってみなきゃ分かりませんよ、ドナル」

 ダグラスはあくまでのんびりとそう言った。

「逃げようと言ったのはあなたなのに、ずいぶん弱気なんですね」

「そういうあんたはずいぶん楽しそうですな」

 のん気なダグラスに苛つきを覚えて、ドナルドは突っ返した。するとダグラスは、おそらく笑ったようで、明るく弾んだ声でこう言った。

「ええ、特に心配していませんよ。あなたが考えた作戦はバッチリだし、もうすぐソドーに着くんですから」

 だからソドーで受け入れられるかが問題なのだ――――と、ドナルドは思ったが口を閉ざした。買われたのは自分でもないくせに、この弟はなぜこんなに楽観的なのだろう、と片割れを疎ましく思った。

***

 鉄道の国営化に伴い、彼らの所属する会社も国鉄に併合された。それまではよかった。

 しかし国鉄はついに、蒸気機関車からディーゼル機関車への転換を始めた。近代化が遅れに遅れた今、もはや発祥国のプライドや愛すべき蒸機たちに、執着し続けている場合ではないと気付いたからだ。

 それはすなわち、当人の蒸気機関車たちには、ごく一部の選ばれたもののみを除いて、死ぬべき時が来たことを意味していた。

 博物館や保存鉄道に身請けが決まったもの以外は、順次解体工場に運ばれ、スクラップとなった。どんなに優秀でも、まだ働ける余力があっても、委員会と身請け先のお眼鏡にかなわなければ、それでおしまいだった。

 幸いドナルドには、蒸機の楽園たる、ソドー島のノース・ウェスタン鉄道からオファーが来た。だが、ダグラスには―――――。

“一緒に行きましょう。置いて行くわけにはいかない”

 涙を隠して自分を祝福してくれたダグラスに、ドナルドはそう言って、ナンバープレートを外すよう命じた。双子の自分達は姿では見分けがつかない。どちらがどちらだか、分からなくしてしまえばいい、と。

“でも、それなら明日からあなたをどう呼べばいいのです?”

 不安がるダグラスに、ドナルドは微笑んで言った。

“それなら、自分達で名前を付けましょう。私はあなたに、あなたは私に。ただし同じものである証として、名前の頭文字は、同じにしましょう”

 かくして、57646は“ドナルド”に。

 57647は“ダグラス”になった―――――。

***

 ダグラスはおもむろに歌を歌い始めた。

「何を歌ってるんです」

 苛立ちと不可解さからドナルドは片割れに尋ねた。ダグラスは変わらぬ口調で、のんびりと答える。

「“スカイの舟歌(Skye Boat Song)”ですよ。今の私達にぴったりだと思いましてね」

 それは彼らの故郷である、スコットランドの古い民謡だった。血生臭くドラマチックな内容であるにも関わらず、そのメロディーは牧歌調でいささか不釣り合いだった。

「気楽なもんですね、私に救われておいて」

「ええ、どうせ死ぬのは私ですから」

 ドナルドが吐き捨てると、さすがにむっとしたのか、片割れからも冷たい声が返ってきた。

 しばし双子の間に沈黙が流れた。

 ややあって、寒そうな空にため息をつき、先に沈黙を破ったのはダグラスだった。

「……ねえドナル、先のことをあれこれ思い悩むのは、やめましょうよ。こういうことは、結局、なるようにしかならんのです。今は、明日を……目の前の明日だけを見て、進みましょうよ」

 そんなことで何が変わるのか、と言いかけたドナルドの目に、突如地平から差した光が舞い込んできた。

 夜が明けたのだ。

 宵闇の暗さや冷たさが、急激に後ろに追いやられていくようだった。とても、まぶしくて、清々しくて、綺麗な光だった。

「……ああ、その通りなようですね」

 ゆっくりと姿を現す朝日を見つめながら、ドナルドは先程までとは違う、深い感慨に浸っていた。

 どんなに絶望していても、朝には日は昇るのだ。たとえ異国でも、地上が雨でも、機関車が一台死ぬような辛い日でも。

 自分が本当に光を信じられるようになるのはいつだろう、とドナルドは思い、願わくばその時が早く自分達に来てくれればいいと、そう願った。

「さあ、そろそろ行きますよ。今日中にはもうソドーに着きます」

 機関士に声を掛けられ、双子は我に返る。

 黄金色に輝く冷たい朝霧の中を、二台の機関車は言葉少なに駆け抜けて行った。

Fin.


 いつかの双子の日(9月10日か10月9日)記念。あまり公式では明らかになっていませんが、ドナルドとダグラスの“脱出”の話(※捏造)です。

 双子がいるという感覚が良く分からないので、どうしてもドナルドを兄、ダグラスを弟っぽく見てしまいます。お兄ちゃんゆえに気負って神経質なドナルド。守られているが故に多少は寛容で柔軟なダグラス。でもダグラスが子供かと言うと決してそんなわけでもなくって、こんな風に彼の方がドナルドを引っ張ったり、ドナルドもそんな彼を認めているから離れなかったんだろうなーとか、いろいろ妄想が尽きません。

 近すぎる故にケンカもするけれど、確かな絆を持っているふたりが好きです。