いろいろ気を揉んだが結局彼は、いつもと変わらない笑顔で無事帰ってきた。
……とある一点を除いて、だが。
「ただいま!トード、久しぶりだね」
「!?」
突然見慣れた顔から違う音を放たれ、僕はびっくりして訊き返した。
「え?オリバーさん?あなた本当にオリバーさんですか?」
まったく愚かしい僕の質問に、彼は苦笑いして答える。
「失礼しちゃうなあ。たった一週間の間に、相棒の声も顔も忘れたのかい?」
「顔はともかく声は……オリバーさんの声って、そんなに低かったんでしたっけ?」
僕がそう言うと、彼は少し気恥ずかしそうな、何とも言えない表情になって頬を掻いた。
「あー……ちょっとね。汽笛取り替えたからかな」
一週間の間に、彼の声は何音階も低く変わっていた。前はまだ少年というか、コマドリのように澄んだ高い声が特徴的だったのだが。
機関士たちも驚いている。彼が口を開くたびにどよめき、訝り、時にからかいの言葉を投げたりもするが、そんな大の男たちの中に並べても、もはや遜色がない。
……何だろう、知らず胸が熱くなった。
「トード?」
ぼんやり突っ立ったままの僕を心配して、彼は新しい声で呼びかける。そこには僕を気遣う響き以外、昔の面影は何も残っていない。けれど、華やかな若さが薄れて消えた分、より深みと温かさを増したように思える。
手を引く彼の向こうで、真昼の太陽がまぶしく輝く。握る手が以前より骨張ったと思うのは気のせいか。
心なしか逞しさを増した上背を見上げ、愁いを帯びた横顔を見て僕は目を細めた。
――――大人になっちゃったんだなあ。このひとも。
一抹の寂しさを覚えると同時に、僕は彼のことをより誇らしく思う。彼に対する、今までとは違った感情――――尊敬の念が、自分の中ではっきりと形になってゆくのを感じていた。
変化すること自体を今更恐れはしない。
僕と彼の足並みが揃い、彼が成熟と共にまた違った輝きを帯びるのなら、それはとても喜ばしいことだ。それに、そんな輝きは、とてもじゃないが一朝一夕に成るものではない。
「ねえ、このあとどこか行こう」
彼は急にあどけない表情を取り戻すと、ねだるように僕にまとわりついてきた。
「どこにですか?遊びにですか?おひとりで行けばいいじゃないですかー」
わざと意地悪にそう言ってやると、彼は途端に寂しそうな顔をした。
「ひとりでいても何も楽しくないよ。ダックやダグラスは暇じゃないみたいだしさ。ねえ……お願い。一週間留守にしてたし、いなかった間のここの話、聞かせてよ」
とっくに僕より大きくなった背をかがめて、潤んだ瞳で僕を見つめる。その低い声には不釣り合いな甘い言葉が、逆に何とも愛おしく思えた。
「しょうがないですね」
呆れたように振る舞いながら、内心嬉しく思う。彼が完全に“親離れ”する日はもう少し先のようだ。
(叶うならそんな日が、決して来なければいいけれど……)
心の中でかすかにそんな思いがよぎる。そしてそんなことはつゆも知らず、伸ばされてくるしなやかな腕に身を委ねる。
果たしてどちらが彼にとって幸せなのか、僕にはまだ答えが出せない。
ただ、この緑の薫りをまとう青春の影は、どうやらまだ僕に夢を見せてくれるらしい。
Fin.
突発的にオリバーの声変わりについての妄想が降ってきたので作ったものです。実際彼は模型時代にだいぶ声変わってますし。
デビュー当時=子供の頃から見てきたパートナーだけが成長して、大人になる瞬間を目撃したらトードはどう思うんだろう、というなんかよく分からない趣味の産物です。
あと、トードが教官っぽいのは多分この頃登場したブラッドフォードのせい。軍隊の上官と新人みたいな関係好きです。ブレーキ車って機関車にとっては教官みたいなものなのかなーと思ってました。