※トード独り語りで11×T。一応擬人化。微妙な腐向け。エロなし。
※大人になっていく相方が気になる教育係のトードさん。自己解釈入りまくりなので閲覧注意。原作および作者の他の作品とは無関係。許容できる方のみどうぞ!
時間というものは本当に残酷だ。
見えないくせにすぐに過ぎ去り、どんなに強固なものも塵に変えてしまう。
そして時間はとても気まぐれだ。
同じ場所で同じ瞬間を生きていても、時間の流れるスピードはそれぞれ違うらしい。
兄弟も、親友も、そしてもっと大切なひとも、必ず最後はどちらかが置き去られる。故に僕らは皆孤独だ。
二つのろうそくが同じだけ燃えはしない。天国のドアは同時には開かない。
どんなに愛していても、それは永遠ではないのだと知った時―――――いつしか僕は、訪れる出会いを一瞬の夢と捉えるようになった。
***
「やあ、おはよう、トード…………ゲホッゲホッ」
ある朝、口を開くなり咳き込んだ彼が心配になって、僕は尋ねた。
「大丈夫ですか?お風邪でも召されたんですか、ひどいですよ、その声」
オリバーさんは喉を押さえながら、板戸が軋むような掠れた声で言った。
「しばらく前から声が出しづらいんだ。汽笛か喉がガサガサする」
「声?」
その言葉が、僕は妙に気にかかった。ふと、後ろ髪をちょんと引っ張られるような、そんな感覚を覚えた。
異変に気付いた彼のクルーも集まり、早速原型に戻った彼を調べ始めた。
「故障かな?」
機関士と助手がつぶさに調べたが、特に悪い所はなかったようだった。オリバーさんは目を閉じて、されるがままに身を任せている。
彼の機関士はランボードから飛び降り、首をひねりながら言った。
「うーん、たいしたことはなさそうだが、大事を取って修理工場に入れるか。お前も働き出して長いからな、少しは体にガタも来るだろう」
そう言って彼はオリバーさんのボディをぱん、と叩いた。
(働き出して長い……か)
そうか、そういえばそうだったなと、ふいに他人事のように思い出した。
少し寂しげに牽かれていく彼を、僕は複雑な思いで眺めていた。
オリバーさんはしばらく入院することになった。整備工場で詳しく調べるらしい。久方ぶりに迎えるひとりっきりの夜を、僕は何も言わずただ月を見て過ごした。
機関士たちは故障と言ったが、僕にはそこはかとなくある予感がしていた。
その昔、僕が見てきた“教え子”たちに訪れた、来たるべき時が彼にも訪れたのではないか、という予感だった。
出会った時から彼は、純粋で、強靭で、時に儚くて、そして如何様にも伸ばせる程無知で、不遜な程の爛漫さを兼ね備えていた。いずれも僕がとうの昔に失ってしまったものばかりだ。それゆえ僕には彼がまぶしく映った。抱えるあらゆる翳りも曇りも呑み込んで、いや、それがあるからこそ、より彼の魂がまぶしく見えていた。
この百年近くの間に、多くの機関車を育てた。
あまりスピードが出ず、一方で使い込んだブレーキを持つ僕は、登壇したての新車たちにとっておあつらえ向きの教官だった。純粋で強靭で無知で不遜な彼らに、鉄道のことを一から教えた。
そしてその誰もが、いつかは僕を追い越して先に行ってしまった。
それこそ“揺りかごから墓場まで”日々を共にしたもの、体調不良を理由に途中で退任したものもいるが、多くはやがて僕を忘れ、自ら手を離して去って行った。
既に20トン車という後継が作られ、日に日に年老いる僕では、若い彼らには飽き足らなくなるのだろう。彼らは手を離した先のそれぞれの赴任地で、ひとりで立派に走るか、あるいは新しいパートナーを見つけて活躍した。
……いずれにせよ、彼らのほとんどはもうこの世にいない。時代の波に呑まれ、スクラップとなってしまったからだ。
僕より足の速い彼らは、いつでも僕を追い越して逝ってしまった。何の因果かすっかり古ぼけた僕だけが残り、夜毎幼かった彼らの姿を夢に見ながら微睡んでいる。
そんな出会いと別れをいくつも繰り返して、最後に出会ったのが彼だった。
何か飛び抜けて優秀だったとか、格別育てにくかったとかいう記憶はない。ただ、鉄の塊にしては妙に生き物じみた目の輝きに、僕は先程も言ったような、明るくまぶしい光を感じていた。もしかしたらそれは、ああ、この子が遂に運命を共にする機関車かという、少し贔屓じみた感慨から来ていたのかもしれないが……。
幾百の知恵を教え、幾千の夜と朝を共にし、幼かった彼は賢く逞しくなった。
僕はもっと歳を取り、時代は変わり、おそらく自分は彼と心中することになるだろうと覚悟していた。
それが他ならぬ彼によって延ばされ、今もこうして続いているのは本当にありがたいことである。
でも、その分残酷な時が僕らにのしかかる。
時間が止まったようなこの島で、時間を正確に反映しない身体に逃げ込んでも、クロノスの目は僕らを見逃してはくれない。
変化は何にだって訪れる。良くも悪くも、僕を救ってくれた、彼にさえも――――――。
(……オリバーさん……)
あなたもこの手を離して行ってしまうのだろうか。そんな言葉が、ふと、浮かんだ。けれど今更泣き言は言うまい、と思った。
どんな結末が訪れても、受け入れることには慣れている。
天窓から覗く月を仰ぎながら、僕はそう言い聞かせて、幼い頃の彼の夢を見た。