日々、ただ、善き哉。第四話 ~脱出、その2~ - 2/5

 トードはちっとも良くならないので、一度ブレーキ車の状態で徹底的に調べてみようということになった。慣れていても意識を使う人間形態では、彼の負担も増えるだろうからと。ちょうど、ちんまり鉄道の点検でビクターが近くまで来ているらしく、時間に余裕があったら帰りに診てあげる、と言ってくれたそうだ。

 トードはブレーキ車の姿で待避線に連れられていった。それから長いこと検査は続いた。夕方になってもそれは終わらないらしく、彼はずっと帰って来なかった。

 僕はなんだかひとりでいるのが嫌で、家には帰らず、今夜は大きな方の機関庫にいることにした。近くで今も点検を受けているであろうトードも心配だったし。

 彼はどこが悪いのだろう。ビクターが来てちゃんと異常を見つけてくれるといいなあ…………そんなことを思いながら僕は夕暮れを眺めていた。

 いいかげんに眠ろうと目を閉じたが、なかなか寝付けなかった。ようやくうとうとし始めた頃、物音と誰かが話し合っている声で目が覚めた。

 誰か帰って来たかな、と辺りをうかがうと、低い話し声が聞こえてきた。

「トードの様子はどうなんだ?」

 話をしているのはどうやらブローズさんたちらしい。トードのことを話している。それで僕は完全に目を醒ましてその会話を聞いた。

「ビクターが診てくれました。状態は……」

 ヒースさんらしき声がしたが、肝心のトードのことは吹いてきた風に邪魔されて聞こえなかった。

 彼らはなおもぼそぼそと小声で話しあっている。ひとしきりヒースさんが語り終ると、ブローズさんやシルバーさんは黙り込んだ。

 事態はあまり芳しくないということは、内容が分からなくても、その沈黙で分かった。僕は密かに落胆した。

「うーむ、そうなのか……」

 シルバーさんは困ったように唸っている。その時、同じように黙っていたブローズさんが口を開いた。

「やっぱり……思い切って、バラすしかないか?」

(え?)

 耳に入ったその言葉の意味がすぐには理解できなくて、僕は一瞬頭の中が真っ白になった。すぐさまシルバーさんがたしなめるように言う。

「おい、言い方に気を付けろ。どうも居心地悪い」

「あ、すまん」

 ブローズさんはすぐに口をつぐんだ。しかし、僕は内心、気が気じゃなかった。

 バラす?バラバラにするってこと?

 どうして?

 トードを……解体するの?

 言葉の意味が分かるにつれ、恐ろしくなって震えてきた。どうして……味方のはずの彼らが、トードを解体するなどと、薄情なことを言うのだろう。

 いや、彼らだって、鉄道の職員だ。役に立たなくなったものはどんなに愛着があっても、捨てざるを得ないのだろう。トードは確かに古い。それに原因も分からず故障したとなっては……彼らにとってはやっぱり、もうお役御免に見えるのだろうか…………。

 三人の会話はまだ続いていた。

「ビクターはどうすると?」

 ビクターも賛成なのかな。

「今夜は一旦帰るそうです。工場に空きがないし、それなりのスペースと準備も必要だから確保しておいてくれるって」

 なんで工場に準備がいるの?……ああ、全部バラバラにするんだからスペースがいるのか。

「出来るだけ早急にと言ってくれ」

 トードがスクラップに―――――!

「オリバー?」

 誰かに呼びかけられたような気もしたが、振り返る余裕は僕にはなかった。

 ちょうど同時刻、機関庫に帰ってきたダックとダグラスは、人間の姿のオリバーが血相を変えて駆けていくのを見て、首を傾げていた。

 呼んでも返事をしない彼を見送りつつ、ダックは不思議そうにつぶやいた。

「どうしたんだろう?あんなに慌てて。今夜は機関庫に泊まるって、言ってた気がするんだけど」

「さあ……トードを置いてきたのを、思い出したんじゃありません?うっかり屋さんですから」

 ダグラスも怪訝そうではあったが、彼の性格を慮ってそう言った。いくら不注意でもオリバーがトードのことを忘れることはないと思うのだが、確かにあり得ない話ではないのかもしれない。しかしダックは眉根を寄せて言った。

「いや、トードは今日こっちで点検を受けているんだよ」

「え?」

 そこへオリバーのクルー三人が歩いてきた。ダックは彼らに挨拶する。

「こんばんは」

「ああ、お前らか。お疲れさん」

 ブローズも少し疲れた顔で彼らに言った。機関室からダグラスの機関士・ピートも飛び降り、彼らに尋ねる。

「オリバーはどうしたんですか?さっき人間の姿で全速力で飛び出していきましたが」

「は?なんで?あいつは今日機関庫(ここ)にいるって中に入ってるはずだぞ」

 ピートの言葉に、今度はブローズが怪訝な顔をした。そして全員で中を確かめる。が、そこには誰もいなかった。

「……いないぞ」

「おかしいですね……」

 シルバーとヒースも首を傾げる。ブローズはため息をついて頭をかいた。

「はぁ、やっぱり相棒がバラバラにされるから、情緒不安定なのかねえ」

「「え⁉」」

 事情を知らない全員が驚愕し、言葉を失った。すぐさまシルバーが眉間にしわを寄せる。

「おい、ブローズ」

「分かった分かった……言い方に気を付けろ、だろ?実はな――――」