トードはちっとも良くならないので、一度ブレーキ車の状態で徹底的に調べてみようということになった。慣れていても意識を使う人間形態では、彼の負担も増えるだろうからと。ちょうど、ちんまり鉄道の点検でビクターが近くまで来ているらしく、時間に余裕があったら帰りに診てあげる、と言ってくれたそうだ。
トードはブレーキ車の姿で待避線に連れられていった。それから長いこと検査は続いた。夕方になってもそれは終わらないらしく、彼はずっと帰って来なかった。
僕はなんだかひとりでいるのが嫌で、家には帰らず、今夜は大きな方の機関庫にいることにした。近くで今も点検を受けているであろうトードも心配だったし。
彼はどこが悪いのだろう。ビクターが来てちゃんと異常を見つけてくれるといいなあ…………そんなことを思いながら僕は夕暮れを眺めていた。
いいかげんに眠ろうと目を閉じたが、なかなか寝付けなかった。ようやくうとうとし始めた頃、物音と誰かが話し合っている声で目が覚めた。
誰か帰って来たかな、と辺りをうかがうと、低い話し声が聞こえてきた。
「トードの様子はどうなんだ?」
話をしているのはどうやらブローズさんたちらしい。トードのことを話している。それで僕は完全に目を醒ましてその会話を聞いた。
「ビクターが診てくれました。状態は……」
ヒースさんらしき声がしたが、肝心のトードのことは吹いてきた風に邪魔されて聞こえなかった。
彼らはなおもぼそぼそと小声で話しあっている。ひとしきりヒースさんが語り終ると、ブローズさんやシルバーさんは黙り込んだ。
事態はあまり芳しくないということは、内容が分からなくても、その沈黙で分かった。僕は密かに落胆した。
「うーむ、そうなのか……」
シルバーさんは困ったように唸っている。その時、同じように黙っていたブローズさんが口を開いた。
「やっぱり……思い切って、バラすしかないか?」
(え?)
耳に入ったその言葉の意味がすぐには理解できなくて、僕は一瞬頭の中が真っ白になった。すぐさまシルバーさんがたしなめるように言う。
「おい、言い方に気を付けろ。どうも居心地悪い」
「あ、すまん」
ブローズさんはすぐに口をつぐんだ。しかし、僕は内心、気が気じゃなかった。
バラす?バラバラにするってこと?
どうして?
トードを……解体するの?
言葉の意味が分かるにつれ、恐ろしくなって震えてきた。どうして……味方のはずの彼らが、トードを解体するなどと、薄情なことを言うのだろう。
いや、彼らだって、鉄道の職員だ。役に立たなくなったものはどんなに愛着があっても、捨てざるを得ないのだろう。トードは確かに古い。それに原因も分からず故障したとなっては……彼らにとってはやっぱり、もうお役御免に見えるのだろうか…………。
三人の会話はまだ続いていた。
「ビクターはどうすると?」
ビクターも賛成なのかな。
「今夜は一旦帰るそうです。工場に空きがないし、それなりのスペースと準備も必要だから確保しておいてくれるって」
なんで工場に準備がいるの?……ああ、全部バラバラにするんだからスペースがいるのか。
「出来るだけ早急にと言ってくれ」
トードがスクラップに―――――!
「オリバー?」
誰かに呼びかけられたような気もしたが、振り返る余裕は僕にはなかった。
*
ちょうど同時刻、機関庫に帰ってきたダックとダグラスは、人間の姿のオリバーが血相を変えて駆けていくのを見て、首を傾げていた。
呼んでも返事をしない彼を見送りつつ、ダックは不思議そうにつぶやいた。
「どうしたんだろう?あんなに慌てて。今夜は機関庫に泊まるって、言ってた気がするんだけど」
「さあ……トードを置いてきたのを、思い出したんじゃありません?うっかり屋さんですから」
ダグラスも怪訝そうではあったが、彼の性格を慮ってそう言った。いくら不注意でもオリバーがトードのことを忘れることはないと思うのだが、確かにあり得ない話ではないのかもしれない。しかしダックは眉根を寄せて言った。
「いや、トードは今日こっちで点検を受けているんだよ」
「え?」
そこへオリバーのクルー三人が歩いてきた。ダックは彼らに挨拶する。
「こんばんは」
「ああ、お前らか。お疲れさん」
ブローズも少し疲れた顔で彼らに言った。機関室からダグラスの機関士・ピートも飛び降り、彼らに尋ねる。
「オリバーはどうしたんですか?さっき人間の姿で全速力で飛び出していきましたが」
「は?なんで?あいつは今日機関庫にいるって中に入ってるはずだぞ」
ピートの言葉に、今度はブローズが怪訝な顔をした。そして全員で中を確かめる。が、そこには誰もいなかった。
「……いないぞ」
「おかしいですね……」
シルバーとヒースも首を傾げる。ブローズはため息をついて頭をかいた。
「はぁ、やっぱり相棒がバラバラにされるから、情緒不安定なのかねえ」
「「え⁉」」
事情を知らない全員が驚愕し、言葉を失った。すぐさまシルバーが眉間にしわを寄せる。
「おい、ブローズ」
「分かった分かった……言い方に気を付けろ、だろ?実はな――――」