※「きかんしゃトーマス」及び「汽車のえほん」に出てくる11番とブレーキ車の小説。擬人化設定。人によっては腐向けと感じることあり。その他、キャラ崩壊、原作との相違、オリキャラ等の出演有。
以上のことが受け入れられない方は今すぐ方転してお帰り下さい。転車台の穴にはお気をつけて。
秋も近くなった、ある夜のこと。
その日僕らは明日の早番に備えて、機関庫で寝ることにしていた。
最近めっきり家で過ごすことが多くなっていたので、改めてここに泊まると不思議な感じがする。少し前までは、毎晩ここにいたのになあ。
過ごしやすい季節になってきたが、もうすぐ僕の嫌いな時期がやってくるかと思うと少し気が滅入る。
「さすがに夜になると涼しいねえ」
「そうですね……」
僕はすぐ後ろにいるトードに話しかけた。機関庫の中はじんわりと底冷えがする。トードも同意するように、咳払いを一つしてから答えた。
それからふと、言葉は途切れた。別に気まずくなったわけではないが、何となく、話題に迷ったのだ。次に何を話そうかと考えているうちに、トードが不意に口を開いた。
「あの、オリバーさん……ちょっとだけお願いがあるんですけど、聞いてくれませんか?」
「えっ、ああ……何だい」
その声が妙に真剣だったので、僕も少し改まってしまった。彼からお願いをされるのは滅多にないことである。いったい何事だろうと身構えていると、彼はいつもより上ずった声で話し出した。
「僕、今から人間になるんで、オリバーさんに乗せてください。一度、あなたの運転室に乗るのが夢だったんです。……ね、いいでしょう」
「えっ、君が?」
予想もしなかった申し出に、僕は思わずそんな声を上げてしまった。僕らは連結することはできてもそれまでなのが当たり前だったから、今までそんなこと、考えもしなかった。
でも、考えてみれば今はたやすい話である。それに僕も、ぜひトードに僕の〝本領〟を知ってもらいたいなと思っていた。
「なんだそんなことか。もちろん、いいよ」
「やったぁ!」
だから二つ返事で承知した。トードは心から嬉しそうに、歓声を上げた。そして早速人間の姿で、いそいそと僕の方へやってきた。
ステップを昇り、彼が僕の運転室の中に辿り着く。人間の時とはまた違った感覚で、かすかに振動とトードの重みと、それから手の温かさを感じた。
「うわぁ、すごい!」
僕に乗り込むなり、トードがまた歓声を上げる。
「他の方たちも見てて思ったんですけど、意外と乗ってみると高いんですね、オリバーさんって」
「意外とは余計じゃない?そりゃあ僕はタンク式だから小さい方だけどさ。人間にとっては十分大きいでしょ?」
ちょっと心外な言葉を吐かれ、僕は苦笑交じりで言い返す。だけど興奮しきったトードはお構いなしで、運転室の中をあちこち見て回る。
「これが逆転機で……これが汽笛の紐かー!オリバーさんの汽笛の音、僕好きなんです。えへへ……ああ本当にどこもかしこもピカピカだ!さすがクルーからボディまで大西部産ですねっ、すごいすごいっ」
「ちょ、ちょっと!あんまり飛び跳ねないでよ、痛い、痛いってば」
飛び回る彼に何度も足を踏み鳴らされ、さすがに僕は苦しくなって声を上げた。
「あっ、ごめんなさい」
我に返ったトードは申し訳なさそうに言って、おとなしくなった。
それからはもう彼は静かに運転室の中に座っていた。
「君がそんなにはしゃぐなんて珍しいね」
怒るというより、あまりの豹変ぶりを不思議に思って、僕は彼に尋ねた。
「そうですか?……すみません、あんまり嬉しくって、夢中になっちゃって……」
トードはそう答えて、もう一度恥ずかしそうに謝った。僕はいいんだ、と答えて、それからふと、言い知れぬ感慨に浸った。
暗い闇の中で、いつも後ろについていたものが、まるで形を変えて小さくなって、僕の中にいる。
僕にトードが乗っている。
なんだか不思議な感じだ。
人が乗るのなんて当たり前のことなのに、それでも何か不思議で、でもまんざらでもなくって、僕はしばらく無言でこの感覚を味わっていた。
「こうしてると本当にあなたのクルーになった気分ですよ」
トードが不意につぶやいた。僕も微笑んでうなずく。
「乗って走り出せたらいいのにね」
「じゃあ、せめて扉を開けましょう」
トードは飛び降りて、機関庫の入口のドアを開いた。
ギギギギ、と音を立てて、古い木の扉はゆっくりと開いた。開け放たれた入口から、夜の風が、さあっ、と入り込んでくる。その向こうには、無人の駅に降るような星空が広がっていた。
「「わあ……」」
僕らは同時に、感嘆のため息をついた。今夜は特に星が綺麗だ。月も無く、空気が澄んできたからかもしれない。深い海のような紺碧の夜空には、大小さまざまな光の欠片が散らばっていた。
僕らは揃って星を眺めた。
「ここから見る星空は綺麗ですね」
運転室の中のトードがつぶやいた。
「へえ、僕の運転室からも見えるんだ」
僕はそう返す。自分に窓があることは知っているけれど、自分で自分の運転室に乗ることはできないから、どんな眺めであるかは分からない。言うなればそれは僕の知らない〝僕〟なのだが、それをトードが綺麗と言ってくれたことが、少し誇らしかった。
そこで再び言葉は途切れた。星を見つめたまま、一呼吸ののちにトードが僕に切り出した。
「……ねえ、いつか、僕がもっと助手の仕事が上手くなって運転もできるようになったら、僕をオリバーさんに乗せて、今度は本当に旅に連れて行ってくださいね」
「ああ、もちろん、いいとも。その代わり僕も今度君に乗せてよ?」
僕はそう答えた。
「えーでも楽しくないですよ、後ろ向きで揺られてるだけなんて」
「もちろん前向きの時にさ」
「やだなあ、それはもういいですって」
昔のことを引き合いに出され、トードは苦笑交じりに抗議した。
それから僕らはまた長いこと黙ったままだった。だけど、それは気まずくも話題探しに焦るものでもなく、とても心地よい沈黙だった。側にいて、同じものを見ているだけなのに……満たされて、幸せで、終わってしまうのが切なく感じるほどだった。
星空はゆっくりと動いていく。目に見えないスピードで、しかし確実に時と共に流れていく。黒い夜空は僕たち以上に無言で、でも星たちのお喋りが聞こえてきそうで、何だかふたり揃って包まれているような、とても暖かくて、満ち足りた時間だった。叶うなら夜が明けるまでそうしていたかった、が。
しばらく経って、僕がようやく口を開いた。
「……さ、もう戻りなよ。明日寝不足でブレーキがかけてもらえなかったら困る」
それで素敵な時間は現実に引き戻された。
「そうですね……じゃあ、戻ります」
トードは名残惜しそうに言って、僕から降りた。そして機関庫の扉を閉め、僕の後ろにやってきてブレーキ車に戻った。さっきまで感じていた気分に比べればいささか味気ない終わりだったが、明日の安全と確実な職務遂行のためには仕方のないことだった。それでも、僕らの胸はまだ存分に満たされていて、逆に明日も頑張ろう、といった前向きな気持ちが湧いてきていた。
「おやすみなさい、オリバーさん。今夜は幸せな夢が見られそうです」
トードは背中合わせに僕に挨拶し、それからあくび交じりにそう言った。
「それはよかった。……おやすみ、トード」
なんだか照れちゃったからそんなことしか言えなかったけど、そう思ったのは僕も同じだった。
機関庫の窓から、星の欠片の名残りがのぞいている。そのかすかな光に照らされながら、僕らはたちまち深い眠りに落ちていった。
***
そしてその夜は本当に、幸せな夢を見た。
トードと僕が、ふたりで世界中を旅する夢を。緑色の草原の中を、青くかすむ山々のすそ野を、冴えわたる空の下を風に吹かれながら、どこまでもどこまでも一緒に走る夢だ。トードは僕に乗り、時々僕がトードに乗って、懐かしい大西部鉄道に似たその景色の中を、僕らは旅していた……。
あくまで機関車と貨車である僕らには本当は無理だけれど、この島で仕事を得た今は叶うべくもないけど、いつか本当になればいいなあ、と目覚めてからも思ったりしていた。
おしまい。