日々、只、善き哉。 第一話 ~おはようございます、オリバーさん~ - 1/4

※「きかんしゃトーマス」及び「汽車のえほん」に出てくる、元GWRの11番とブレーキ車の小説。二名と時たま周りの誰かが毎日をキャッキャウフフするだけのほのぼのストーリーです。……今のところ。

※設定は主にTV(特に人形劇時代)に依拠しています。原作も背景に織り交ぜておりますが、作者は呆れるほど適当で不注意なため矛盾点・誤字・大ミス・その他の事故などはご容赦ください。なお、この時点で原作26巻以降(つまりかつての未訪訳分)は拝読しておりません。あとキャラは執筆開始時点の17~18期までで勘弁してくださいホントに(切実)

擬人化設定。腐向け描写は少なめですが何となくそれを匂わせる程度のものはあります。キャラ崩壊注意オリキャラも出ます(機関士とか)。なので一切それらが受け入れられない方は今すぐ方転&ランナウェイしてください。焦って転車台からは落ちないでね!


 午前五時三十分。枕元の目覚ましが鳴る前に、僕はリビングから聞こえる物音で目を覚ました。

 朝の光が部屋いっぱいに差し込んでいる。昨日と変わらぬいい天気。

 隣のベッドは空っぽだ。もう見慣れた光景に、知らずひとり苦笑する。それから急いで起き上がると、リビングの方へ出て行った。

 リビングにも既に金色の朝の光が舞いこんできていた。大きな窓から見える海は、穏やかで藍色だ。

 キッチンではエプロンを着けた誰かが忙しくしていた。先程の空のベッドの主――僕の同居人である。僕はごく当たり前に、彼に声を掛けた。

「おはよう、トード」

 すると彼が振り向き、いつも通りの屈託のない笑顔で答える。

「おはようございます、オリバーさん!」

 小柄で丸顔の彼は、エプロンで手を拭きつつ僕に言った。

「朝食できてますんで、顔洗ってきてくださいね」

「うん」

 僕は素直に答え、言われた通り自分の身支度に向かった。

 顔を洗い、ついでにシャワーも浴びながら、僕は思った。

(今日もまた、先越されちゃったな……)

 英国本土の隣、霧の海にぽつりと浮かぶ島、ソドー島。

 時代に置き去られたようなこの小さな島で、僕はこの世話好きな相棒・トードと一緒に日々を過ごしている。ちなみに職場は鉄道だ。

 本土から幾らも離れていないこの島には、未だに蒸気機関車がたくさん走っている。道路の整備が良くないこの島において、鉄道は今も生活の血脈となっているが、主力の機関車がディーゼルでも電車でもなく蒸機だというのは、いかにも古いものが集まるこの島らしい。そしてある種の者たちにとっては楽園にも等しい所だった。

「朝からずいぶん頑張ったんだね」

「はい、最近忙しいですし、オリバーさんに元気をつけてもらいたくって」

「そりゃ心強いな。そんなに応援してもらえるなら、頑張らなくっちゃね」

 相棒とにこやかに喋りながら食卓に着く。

 温かな匂いが部屋を満たす。ラジオに交じってかすかに波の音が聞こえる。短いけれど幸福な時間だ。

 何も起こりそうにない、のどかな田舎。働き盛りの、見た目は若い男二人。兄弟でもないのに一緒に暮らしているけど、仲もいいし節約のためにルームシェアしているだけ。

 なんてことはない、普通の光景だろう。僕と彼の中に潜む〝ある秘密〟を除いて。

 とりあえず自己紹介しよう。

 僕の名前はオリバー。ただ単に「オリバー」だ。姓はない。強いて言うなら、「1436」、あるいは「西部局の機関車(Western engine)」だろうか?……いずれにせよ人名にしてはかなり変だということには変わりない。

 なんだか不思議な人だ、そう思われるかもしれない。過去に何か特別な事情でもあったのだろうか?なんて。そしてその推察は半分当たっている。

 実は、僕はソドー島を走るノース・ウェスタン鉄道所属の、車体番号11番の機関車なんだ。

 ……いや、冗談で言っているわけじゃあない。誓って本当だ。この世に〝生まれた〟時は、僕は間違いなくただの機関車だった。なんなら今すぐに証明してもいいが、狭い家の中が大変なことになるのでご容赦願いたい。

 僕はこの人間の姿と、本来の姿を自由に行き来することができる。普段は機関車として働き、それ以外の時間はこの姿で過ごす。僕だけではない、今やこの島の鉄道車両や乗り物はほとんどそうだ。元から僕を含めた多くの仲間たちは、人間と変わらない思考と表情と言葉を持っていた。今ではそれがちょっと行き過ぎてしまったと言えばいいだろう。

 ただ、僕らソドー島の乗り物が昔からそうだったわけではない。

 ある日突然、こんなふうに人間になれる力を手に入れたのだ。

 詳しい理由は分からない。あのディーゼル10の奴がキルデインのストーンヘンジを動かしたからだとか、ボルダーの呪いのせいじゃないかとか、いろいろ噂はあるけれど憶測の域を出ない。とにかく僕らは人間と同じ意思や思考だけではなく、ついに同じ体まで手に入れてしまったということだ。

 今ではもう自由に使いこなせる。あくまで基本形は機関車であるらしく、理性を失うと元に戻ってしまうが……(線路の上以外でそんなことになってしまったら大変だ)。

 というわけで、僕らは今はこの海の見える丘の家で、こうして揃って人間のように暮らしているのだった。

 人としての生活にも、だいぶ慣れた。これはこれで、結構いいものだと僕は思う。

 僕が紅茶を飲んでいると、先に食べ終えて準備をしていたトードの声が聞こえてきた。

「オリバーさん!僕先に行っちゃいますね!ごめんなさい、今日エドワードさんが朝一で港に来られるらしいので!機関助手ついでに僕も港まで行きますんで、またあとで……あ、洗い物はしなくていいですからね?」

 いってらっしゃい、という声をかける間もなく玄関の扉の音がし、それから慌ただしい足音がずっと遠くの方まで出て行った。

 彼……トードの朝はいつも早い。昔から知っているけど、本当に働き者だな、と感心する。

 相棒のトードはブレーキ車だ。もちろん、ちゃんとした意思がある。僕がこの力を手に入れるのとほぼ同時に、彼もまた、気づいた時には人間としてこの世に生きていた。

 本当はそこまでしなくてもいいのだけれど、生来働き者の彼はハット卿と機関士たちに頼みこんで、暇な時は罐焚きの仕事もやっている。結構楽しいらしい。

 彼とはもう長いこと、一緒にやってきた。

 ずっと昔、英国本土で〝生まれた〟ばかりのころから、僕は彼と共に線路を走っている。重い荷物を牽く時もいつも一緒だった。世の中にブレーキ車――いや、乗り物と人は数あれど、彼ほど息の合う存在はきっとどこにもいない。

 この形態になれて一番嬉しかったことは、いつでも相手の顔を正面から見られるようになったことだろうか。今までは向かい合わせにでもならない限り、横に並んだって顔を見ることはできなかったから(普通に話しているように見えるって?実はほとんど想像なんだよ、相手の顔……)。

 特に彼と僕はいつも背中合わせで仕事をしているし、初めてこの形で顔を合わせた時は驚いた。今まで想像して喋っていた相手の表情が、こんなに豊かに変わるのを見たことがなかった。

 お互い初めは戸惑ったけど、すぐに慣れた。伊達に何十年も一緒に仕事してないしね。

 そうこうしているうちに、僕にも出勤の時間が近づいてきた。

 立ち上がり食器を下げ、洗わなくていいとは言われたけど、軽く流してから本格的に着替えることにする。

 壁に掛かった緑色の制服。僕が見知ったかつての大西部鉄道のそれに似ている。

 まあ別にこれを着なきゃ駄目だっていうわけでもないんだけど、見えないからといってそこで手を抜くのはなんとなく許せない。だって僕は、「仕事はきちんと」の、大西部鉄道の機関車なのだから。

 シャツとズボンと上着と……それから汽笛と番号を模したタグを首にかける。最初の変身時にどこからともなく現れたこれは、僕の本当の姿と連動しているらしく、これだけは持って行かないと、汽笛や番号がない間抜けな姿で走らなければならなくなる。それよりなにより、これは僕のアイデンティティを示す重要なものだったから、外へ出るときは忘れずに身に着けていた。

 さほど時間はかからずに身支度は終了した。少し前はこれだけで結構手間取ったものだ。どこからどう見ても立派な駅のスタッフの出来上がりだ。知らない人が見たらまさかこれが駅員でなくて、機関車の変身した姿だと誰が思うだろう。そう思うと毎朝少し可笑しくなる。

 特に必要もないけど、ペンや時計など、最小限の身の回り品だけ持ってから戸口へ出た。ドアを開け、ふと足を止めて、部屋の中を振り向いてから口を開く。

「行ってきます」

 誰にともなく声を掛けて、僕は駅へ急いだ。