けれど、事はそう楽観的にはいかなかった。
それからは急に引退する機関車の数は増え、ついには毎日のように、僕らの仲間が駅の外へ牽かれていくのを見かけるようになった。
蒸気機関車はたちまち数を減らしていった。
機関車だけでなく、古くからいた客車や貨車までも連れて行かれた。そしてそのほとんどが、二度と帰って来なかった。同型のブレーキ車が牽かれていくのを見て、トードが声もなく震えていたのを僕は覚えている。
そしてその空白は件のディーゼル車で埋まり始めた。初めは少なかったものの彼らは段々と数を増し、獣のようにゴロゴロと唸りながら、我がもの顔で鉄道中を闊歩し始めた。
残された蒸気機関車たちは狭い肩身を寄せ合っていた。それでも僕らは信じていた、これは一時的なものだと、いつかはまた僕らの良さを分かってもらえて、蒸機の名誉が復活すると。
しかし……。
ある日、僕は機関庫で、呆然と立ち尽くしているオーガスタスを見かけた。
ずいぶんショックを受けているみたいだった。へまをやらかしたか、それとも相当疲れているのか。いずれにせよ彼にはすごく珍しいことなので、僕は励ましついでにからかってやりたくなり、わざと冗談めかして話しかけた。
「どうしたの?珍しくぼんやりしちゃって。悪い水にでも中ったの―――――」
「オリー」
しかし、それはふいに彼の言葉で遮られた。怪訝に思う間もなく、オーガスタスは呆けたように宙を見つめ、こう囁いた。
「……俺……スクラップにされることになっちまったわ……」
「えぇ!?」
にわかには信じがたい言葉に、僕は思わず大声を上げていた。
「どうして?まだ……十分働けるのに!」
僕の問いに、ガスは気落ちした声で、僕らを取り巻く現状を語ってくれた。
「ついさっき、鉄道のお偉方が来て、俺を引退させると言った……来月にはスクラップにされるそうだ。今、この鉄道だけじゃなく、イギリス全土で蒸気機関車の撤廃が進められてるらしい。煙の激しく出る蒸気機関車をなくして、ディーゼル機関車に切り替えるって…………なんてむごい話だよ、こんなことがあるかってんだ……俺たち、あんなに一生懸命働いたっていうのに……」
最後の方は泣き声になった。気丈な彼がこんなに大声で泣くのを、僕は初めて見た。
「そんな……」
打ちのめされて、それしか言えなかった。……蒸気機関車の撤廃?ディーゼル車への切り替え……?じゃあ、今日までこの駅で目にしてきたことは、もはや変えようもない、紛れもない現実なんだ……。
僕はこの時初めて、それが僕ら自身の問題なのだということを本当の意味で理解した。仲間が牽かれていくのを見ても、今まではどこか別の誰かの話だったけれど、自分の身内に降りかかって初めて、その重大さに気づいたのだった。――――ずいぶん勝手なものである。他人事だと信じて安穏としていたなんて、僕らはなんて愚かなのだろうか。
泣いていたガスはふと、泣くのを止めると、疲れ切った顔で皮肉に微笑んでこう言った。
「ふっ……でも、まあ、いいか…………。機関車はみんなオーバーワーク気味だからな、ここらで身を退いて、ゆっくり休めってことなのかも……」
彼は僕を見て言った。
「じゃあな、オリー。達者で暮らせよ。俺はもう、お前たちの面倒は見てやれないから……これからはお前が代わりに、パミーを守るんだぞ。出来るな?」
「……うん。約束するよ」
僕は涙をこらえながらうなずいた。オーガスタスは僕を見て笑い、きっと人間なら名残惜しく撫でまわしただろうなと思うほどの親愛を見せて、僕にこう言った。
「よし。お前はいい子だ……。オリー、お前は本当はすごい奴なんだから、もっと自信を持てよ。だけど自惚れないように。……なに、大丈夫さ……なんたって、俺の弟だもんな……」
彼の言葉は今までで一番僕の胸にしみた。
多分もう会えない、これが最後になるとお互い確信していたから……。
数日後、オーガスタスはいなくなった。
だけど、前に見かけた機関車みたいに、泣き叫んだりはしなかった。口を結び、少し目は赤くなっているけど、顔を上げて、堂々と牽かれて行った。
僕とパメラは黙ってその様子を見ていた。
彼はそれに気づくと、一瞬だけこちらを見、いつも通りの笑顔でにやりと笑った。
僕は涙をこらえて同じように笑い返した。多分、これが最後になる兄弟のやり取りだけれど、オーガスタスが変わらないでいるなら……僕も笑って見送りたいと思ったのだ。
彼は最後まで格好良かった。男らしくて、一本気で、時々乱暴で厳しいけど、お客さんには礼儀正しくて、とても優しくて。……僕はどれだけ、彼から大切なことを学んだろう。どれだけ彼に大切なものを与えられただろう。
(さよなら、兄さん)
僕らは消えていく緑の背中をいつまでも見送っていた。