第九幕 Epilogue ~そして、今
198x年某月某日、ヴィカーズタウン跳ね橋近く――――。
「オリバーさん、どうしたんですか?こんなところで、ひとりで……」
よく晴れた空の下、僕は岸壁に佇み海を眺める彼を見つけた。愁いを帯びた目の先には、跳ね橋で繋がる島がぼんやりと見える。
彼は振り返って、切なげな笑みを浮かべて言う。
「……何でもないよ。ちょっと昔のことを思い出してた」
「そうですか」
僕も同じ感慨に浸りながら、彼の側に立つ。
「トード」
「何ですか?」
彼がふいに言った。
「僕らは本当に、ここへ来られて幸せだったね」
「ええ。……あなたのおかげですけどね」
僕がそう言うと、彼は静かに首を振った。波の音がその言葉に重なる。
「いや……僕はきっかけを作っただけだよ。あとのことは全部、幸運にも誰かに巡り会ったからできたことさ。そうじゃなかったら、今頃」
「……」
遠い昔、海の向こうで僕らの仲間が数多く犠牲になった。
僕らはこの海を見るたび、そのことを忘れないようにしている。
***
1967年、英国全土の蒸気機関車は撤廃。全て退役させられた彼らの後にはディーゼル機関車が台頭し、物言わぬ者達の壮絶な世代交代を招いた「無煙化運動」も終わりを告げた。
処分された蒸気機関車たちの運命は様々だ。国外へ売却されたものもあり、保存鉄道で働いたものもあり、はたまた遺産として博物館にひっそり保存されたものもあり。彼らの幾らかは、その命を確かに次代へも繋いだが、多くはスクラップの憂き目に遭い、解体されて言葉無き鉄くずへと還っていった。
行方不明の1436も属した、GWR1400クラス――――彼らは公式には四台のみが解体を逃れ、未来に向けて保存されている。
終