※「オリバーのだっしゅつ」、及び原作絵本「大脱走」までの自己解釈話。前編同様ほぼ擬人化なし。そして無駄にメチャ長い。心して読んでね!
※オリキャラ大量出演。史実及び原作の設定に基づいてはいますがフィクションです。改変・捏造注意。前半相変わらずオリバーはかっこよくないです。めそめそしてます。辛いことばっかりなのでしょうがないですが。嫌いな方ははい、回れ右!
※今回はラストのみちょっと擬人化あり(エピローグ)。
第一幕 兄さんがいなくなった日
終戦後、僕らの支線には平和な日々が戻ってきた。
僕は再び綺麗な緑色に塗り直され、新しく「1436」という番号をもらった。でも名前はオリバーのままだった。これはもう、駅長さんが僕にくれた、僕を示す大事な記号だからね。
やがて時は流れ、大西部鉄道は国有となり、駅長さんもペッパーさんもリンデンさんも、みんないなくなってしまった。だけど、僕には新しいクルーが就いたんだ。
機関士のアンブローズ・フォードハムさん。僕らはブローズさんと呼んでいる。ペッパーさんの直弟子というだけあって、熱くて元気がいい性格だ。
助手はシルヴェスター・マレーさんという。こちらも長いのでシルバーさんと略して呼ばれる。身体はすごく大きいけれど(僕の運転室に乗るのが大変らしい)、ブローズさんとは違っておとなしくて冷静だ。でも怒るとそれなりに怖い。
車掌のセージさんは変わっていない。トードは嬉しそうだ。時を重ねるうちに、僕らは再び大事な仲間になっていった。
しかしやがて、その生活に不穏な影を落とすものたちがやってきた。
ある日、いつものように僕が機関庫から操車場へ出て行くと、何台かの見慣れない機関車が入ってきていた。
正確に言うと、初めはそれが‟機関車”だとは思えなかった。客車みたいに四角で、煙突がない。でもその割には扉がないし……と訝しんだが、ゴロゴロと音を立てて自分で動いているから、それでようやく自分と同じ部類のものなのだと分かった。
「彼らは何?」
四角い機関車たちを眺めながら、僕はオーガスタスに訊いた。すると、彼は難しい顔をしながら、苦々しく吐き捨てるように言った。
「ディーゼル機関車だ。ここにも入ってくるようになったんだな」
ガスがそんな態度を取ることが珍しかったので、僕が怪訝に思っていると、彼は囁くようにこう続けた。
「あいつらなんとなくよそよそしいんだよ。気をつけた方がいいぞ」
「気を付けろって――――」
冷たく決めつけるような彼の言葉に抗議しようとした時、ガスの機関室から誰かが飛び降りた。
「……じゃ、俺はこれで。時間なんで上がります」
「あっ、ブルース貴様!まだチェックやメンテがあるやろっ!……くそ、あのボケっ」
ジュリアンさんがそれを見咎めて怒鳴ったが、結局帰って来なかったので彼は悔しげに毒づいた。
「……新しい助手さんはどう?」
僕は彼に尋ねた。
さっき飛び降りていったのは、オーガスタスの新しい助手さん、ブルース・ノラ氏だ。だけど、僕が見る限り、何だか上手くいっていないようだった。
オーガスタスも苦い表情で、ここぞとばかりに愚痴をぶちまけた。
「それが全然駄目さ。あいつも俺のこと気に入らないらしい。アメリカ帰りか何か知らないが、この国は遅れてる、これからはディーゼルの時代だ、蒸気機関車は古いって俺のこと馬鹿にしやがんの。仕事も決められたことしかやらねぇしやる気が足りない。あれで俺と話せるんだからほんと腹が立つよ。あああ、トニーの奴が田舎にさえ帰らなけりゃ……」
彼はそう言って嘆いた。
「トニーさん、残念だったね」
僕は言った。ガスは嘆くのをやめて、分別ありげに言う。それでも顔は寂しそうだ。
「ん……まあ、親父が死んじまったんなら仕方ねえよ。俺らには縁のない事情ではあるが」
彼の前の助手、トニーさんは戦争でお父さんを亡くし、家業を継ぐために、鉄道を辞めて田舎へ帰ってしまっていた。ジュリアンさんやオーガスタスとは喧嘩はしつつも、なんだかんだ仲良くやっていたので僕もすごく残念だと思った。
「お前の新しいクルーはいいねぇ。まだ蒸機のことを愛してる連中だもんな」
ガスはうらやましそうに、僕の運転室を眺めて言う。ブローズさんとシルバーさんは照れたように囁きあって目くばせした。……確かに、とてもありがたいことだと思う。が、
「でも愚痴言っても仕方ないでしょ?自分から受け入れろって言ったのは兄さんじゃない。君がそんな態度じゃ、きっと向こうだってますます君のこと嫌いになるよ」
昔、僕がトードとなかなか打ち解けられなかった時の彼の言葉を思い出して、僕は彼に言った。すると彼は驚いたように目を丸くした。
「まさかお前に説教されるとは。……確かにその通りだな」
オーガスタスはそう言って苦笑いしたが、次の瞬間、彼の機関士と同時に叫んでいた。
「「しかし、助手の仕事をいっぱしに出来るようになってから文句言えってんだ!」」
ふたりはそのまま行ってしまった。
兄さんは兄さんで大変なんだな、と僕は思った。
僕はディーゼルという機関車たちに会ってみることにした。
ガスはあんなこと言ってたけど、やっぱり新しい仲間なんだし、仲良くしておかなくちゃ、と思った。
しばらく走っていくと、ちょうど操車場の一角に、彼らが固まっているのを見かけた。
「こんにちはー」
親しげに汽笛を鳴らしながら、僕は彼らに近づいた。たとえまだ打ち解けられなくても、明るく挨拶されれば嫌な気持ちはしないだろう、そう思ったからだ。
「……」
「……ひそひそ……」
ところがディーゼルたちは、挨拶も返さず僕を横目でじろりと見ただけだった。冷たくて意地悪そうな目だった。どこか僕を軽蔑しているような、そんな色も含んでいた。
(……なんだよ、態度悪いなあ)
さっきまでの歓迎の気持ちが失せて、僕はもう無言で彼らの横を通り過ぎた。
そんなわけで僕らも、彼らとの接触を避けるようになった。しかしそれが否応なしに近づく日が来ること……僕らと彼らを巡る因縁は想像以上に深いことを、やがて身を持って知ることになる。
ある日の朝、夜行の貨物の仕事を終えて帰ってくると、機関庫にパメラがいた。
なんだか落ち込んでいる様子で、ぽつりと佇んでいる。僕は眠気を振り払って、笑顔で彼女に尋ねた。
「パメラ」
「あっ、オリバー」
僕に気づいて、彼女は伏せていた目を上げた。
「どうしたの?元気がないよ。具合でも悪いの?」
僕がそう問うと、彼女は覇気のない声で否定した。
「いいえ。ただ、思い切り走れてないので憂鬱なの。ディーゼルが走ってるところばかりを眺めてるから、うずうずするわ」
彼女はそう言った後、一拍の間を置いて、思いつめたようにこう切り出した。
「ねえ、なんだか最近、お仕事が減ったと思わない?私もう……貨車の入れ替えぐらいしかさせてもらえないのよ。スザンナと走りたいのに……」
「そういえば……」
自分の最近の生活を思い返して、僕ははたと気づいた。確かに急に暇になった気がする。駅の仕事自体は減っていないようなのに。客車の仕事をあまり頼まれないし、牽いているイザベルがなんだか軽くなったような……。
「兄さんはどうしてるの?」
パメラが不意に尋ねた。僕は不安な気持ちを振り払うように冗談めかして答えた。
「ああ、ディーゼルと喧嘩してるよ。ガスは連中が嫌いだからね」
「相変わらず喧嘩っ早いこと。いつまでたっても変わらないわね」
パメラは笑って言った。
僕たちは可笑しくなってお互い笑い合った。
その時、後ろの方で耳慣れない甲高い悲鳴が聞こえてきた。
「やめてくれ!助けてくれ……俺はまだ、働けるんだ!死にたくない!嫌だぁぁ!」
「何?」
「何が起こってるの……?」
不穏な気配を感じて、僕らは機関庫の外へ出て確かめた。
すると、顔見知りの機関車が一台、荷台に乗せられてディーゼル機関車に牽かれていくところだった。操車場で何度か見かけたことのある顔だ。僕らと同じような小型タンク機だったが、外に出たのは見たことがないし、ほとんど入れ替え専用だったと思う。
「彼、どこに行くんだろう」
修理に出されるにしては様子が変なので、不思議に思って、僕はつぶやいた。すると乗り合わせていたセージさんが、静かな声で、こう言った。
「……スクラップにされるんだろう」
「え!?」
その恐ろしい響きに、僕とパメラは震えた。
スクラップ――――要するに、不要になった機械を処分することだが、それはすなわち、当事者の僕らにとっては‟最期”を意味する。
人間が‟死”を恐れるのと同じように、それは機関車たちにとって、最も恐ろしい言葉だった。
「スクラップって……彼は、死んじゃうんですか?」
僕が恐る恐る尋ねると、セージさんは静かに答えた。
「どんなものにだって寿命はある。生き物だろうが機械だろうが、同じことだ。この世に‟生まれた”ものは、いつか死ななければならない」
しかし一拍の間を置いて、彼はどこか皮肉めいた微笑を浮かべて言った。
「……だが、蒸気機関車というものは、本来もっと長持ちするものなのだがね……」
僕らは皆押し黙った。セージさんが続ける。
「牽かれていく様子はすさまじいぞ。みんな泣き叫ぶ。お偉方には聞こえないのかもしれないが、私達には死へと向かう機関車たちの悲鳴がはっきりと聞こえるんだ。大抵は死にたくない、まだ働きたい、と言っているがね」
「ひでぇもんだぜ……」
ブローズさんがつぶやいた。言葉には出さなかったが、皆彼と同じ気持ちだった。
「……ああ……死にたくないよ……嫌だ…………」
牽かれていく機関車の悲鳴が、いつまでも操車場に残響していた。その場にいた誰もが、立ち止まってそれを見つめていた。
その様子はまるで、処刑――――そう、処刑台に引かれて行く罪人みたいだった。僕は人間の刑の執行なんて見たことはないけど、自分で死に方を選べないのだから、まさに処刑だ。
僕はふと、あることに気づいた。
もしかして……あのディーゼルどもは、彼の代わり?
背筋が冷たくなった。ボイラーにいきなり氷を投げ込まれたようだ。
そうだ。いくら何でもタイミングが良すぎる。もしかしたら彼のような古株を引退させ、その抜けた穴を埋めるために来たんじゃないのか。
そう思った時、あのどうしようもなく冷たい目が、僕らを狙う恐ろしい魔物のそれのように思えてきた。
「怖い」
パメラが震える声を立ててつぶやいた。
「大丈夫だよ」
僕はできる限り優しい声で彼女を勇気づけた。自分の奥からも這い上がってくる恐怖を押し殺しながら、僕は彼女を慰めた。
「大丈夫……だって僕らは、まだ若いもの」