日々、只、善き哉。 第0話 
Saga of the Western Engines 前編 ~1930-40s’  僕らのいた風景~ - 6/13

第四幕 新しい兄妹と、ある変化と

 何が良かったのかは分からないが、それからはトードは僕に普通に接してくるようになった。後から知ったことだが、この鉄道のブレーキ車は全部「トード」という名前らしく、それで何か不都合はないのかと問うたが、彼はこれでいいと笑っただけだった。

 僕らが仲良くなったことを、オーガスタスたちは喜んでくれた。

 オーガスタスも‟トード”を連れていたので、僕らや機関士さんたちは‟オーガスタスのトード”と‟オリバーのトード”と呼び分けるようになった。

 季節が一回り巡るころ、僕らの元に新しい仲間がやってきた。

「この子は?」

 新品の緑色の機関車を見て、僕は言った。

「お前の妹だよ」

 オーガスタスは言った。なるほど、確かにその子は僕らとまったく同型だった。「4846」のナンバープレートを付けた彼女は、少し不安そうにおどおどと僕らを見ていた。

「君の名前は?」

 昔の自分を思い出して、僕は彼女に尋ねた。すると彼女はとてもよく似た目で僕を見、かすかに口を開いた。

「パメラ……って言うの」

 僕らの妹―――――パメラはそう答えた。三台になり、僕らGWR4800組は、ますますにぎやかに日々を過ごすようになった。

 パメラはとても出来のいい子だった。

 欠点と言ったら……少々のんびりしすぎていることだろうか。

「パメラ、もうすぐ急行の時間だけど、客車は?」

 ある朝僕はぼんやり佇んでいる彼女に尋ねた。

「え?ああ、そうだったわー。急がなくちゃ」

 パメラはそこで初めて思い出したように、一拍遅れて驚いた顔をして走り出した。

(大丈夫かな……)

 とことこと客車を集めに出かける彼女の後姿を見て、僕は(自分のことは棚上げにして)不安に思った。

「まあ上手くやってるじゃねえか。お前と比べたら大違いだな」

 横に並んだオーガスタスがにやにやしながら言った。

「ええ、どうせその通りですよ。僕はあんな程度じゃ済まなかったからね」

 冗談とは分かっていても、少しむっとしてひねた返事を返す。すると兄は可笑しそうに笑いだした。

「はいはい、妬くな妬くな、今はよくなっただろ。それに出来の悪い子ほどかわいいってな」

 オーガスタスはそう言って、自分の代わりに機関士のジュリアンさんに僕を叩かせた(口以外に親愛を表す表現がないとは難しいものである)。

「貴様、磨いたばっかなのにうちの子に汚ぇ手で触ってんじゃねえよ!朝メシのベーグルのケチャップが付いてんだよ!」

「あぁ⁉なんやその口は!せっかくクルー共々愛の鞭を送ってやろう思ったのに……」

 同じく親愛の一環である言い争いを始めた機関士たちをよそに、オーガスタスは駆けまわるパメラを見ながら冗談めかしてつぶやいた。

「しかしそろそろ、あいつにも客車牽きを覚えてもらわんとな。それが我らオートタンクの務め。せっかく特別な機構を持って生まれてきたのに、入れ替え用だけとは、なんてまあもったいない」

 それから彼は僕にこんなことを言いだした。

「よし、あいつはお前が教えろ。俺は忙しいんでね」

「ええっ!そんな、無理だよ!今だって教えられなきゃいけない立場なのに!」

 いきなりめちゃくちゃな注文を繰り出され、僕は慌てて拒否した。するとオーガスタスはさも当たり前だというように笑い飛ばし、僕にこう言った。

「バッカ、他人ひとに教えることで自分も勉強になるんだ。いい機会だよ。お前はもう、自分が思っている以上にたくさんの仕事を上手くこなせるはずだ」

 叱咤しつつも彼は僕を褒めてくれた。だけど僕はとてもそうは思えなかった。今だって些細なトラブルは日課のように繰り返している僕にとって、他の誰かを教えるなんて……悪い夢みたいな話だった。

 不安が態度に出たのか、オーガスタスはわざわざ前に回ってきて、僕を真正面から見て真剣な顔でこう言った。

「……なあ、自信を持てよ。オリー。お前がそんな萎縮してっから、上手くいくことも行かなくなっちまうんだぜ、きっと」

「でも……」

 それでも僕が黙っていると、オーガスタスは今度は後ろに回り、しびれを切らしたように僕を無理やり押した。

「あーもうじれったいっ!往生際が悪い!ほらさっさと行けよ、お客さんが来ちまうだろ!」

「わああっ、分かった!行くよ、行くってば」

 追突されて無理に動かされ、僕はようやく重い車輪を回す。だけど多分、パメラ以上に不安でいっぱいだった。

「そんなに心配だったら、指導役でタビーも付けてやるよ。どうせあいつには客車がないだろ」

 僕の不安を見越したのか、ガスは最後の情けだとばかりにオクタヴィウスさんも貸してくれた。それから自分は操車場に残り、いつもの冗談交じりにこうつぶやいた。

「俺もたまには小ぢんまりと働いてみたいんだよ」

 兄に見送られながら、僕らふたりだけでの冒険が始まろうとしていた。

「私が客車を牽くの?」

「そうだよ。君は旅客用なんだからさ」

 駅の裏手で、僕はパメラに言った。

「でも……不安だわ。私、まだ長い距離を走ったことがないの」

 案の定、パメラは不安そうな顔をしていた。

 支線に僕ら二台がいるので、彼女はまだ駅の外へ出してもらったことがなかったのだ。

「ふ、不安なのは僕だって一緒だよ!特に最初の時は、色々失敗したからね。今だって君に教えるとか……到底無理だとも思うけど、でも、僕も精一杯頑張るから」

 若干震えている声で、僕は出来る限り彼女の不安を取り除けるよう明るく言った。オーガスタスほど自信たっぷりに「俺に任しとけ」と言えたわけじゃないが。

「そう?そうなの……」

 弱みも見せた激励が功を奏したのか、パメラが少し表情を緩めた。

「心配しないでパメラちゃん!私達もしっかりサポートしてあげるから!」

 後ろで連結されたイザベルが言った。するとようやくパメラはうなずき、僕らにこう言った。

「分かったわ。お願いします」

 オクタヴィウスさんはパメラに付いた。経験豊富な彼は彼女をサポートするのと同時に、指導者としては頼りなさすぎる僕のフォローもしてくれることになった。

 僕のペアはいつも通りイザベルだ。息がぴったりだというこの信頼は何ものにも代えがたい。大丈夫、この布陣ならきっとやり切れる……気がする。

 パメラの機関士さんと助手さんもオートコーチは初めてなので、軽く操車場の端で練習して、それから時間になったので駅の方へ向かった。

 出がけにトードのいる貨車置き場を通った。僕らに気づくと、トードはにっこり笑って、汽笛の代わりに声を張り上げた。

「頑張ってくださいねー!」

 その応援を背に、僕らは旅へ向かった。

 駅にはお客さんがごった返している。僕らの小さな支線も、貨客両方含めて輸送量は確実に増えていた。

 もちろん本線に比べたらお客さんの数はだいぶ少ないが、常に客車が一台ずつなので、意外と忙しいのだ。イザベルもオクタヴィウスさんもすぐにいっぱいになった。

「よし、じゃあ僕が先に向かおう。君は後からついてくればいい」

 僕はそう言って先に出発することにした。

「ええ、分かったわ」

 パメラも素直にうなずく。

 ゆっくりと……一台目の動輪が回りだし、それから少し間を置いて、二台目の動輪も回り出す。

「いいぞ、その調子だ」

 後ろからしっかりパメラがついてきている気配がしていた。彼女は初めてでも、ちゃんと僕らを見て走れている。少し怖いのか、速度は抑え気味だが……。

「頑張ってるわよ、彼女」

 イザベルが代わりに後ろを見やって言った。

「そうだね」

 僕は不思議と誇らしい気持ちを抱いて走っていった。