日々、只、善き哉。 第0話 
Saga of the Western Engines 前編 ~1930-40s’  僕らのいた風景~ - 11/13

 その頃、駅では皆が帰って来ない仲間を待ちわびていた。

「……あと帰ってきてないのは何台だ?」

 ローレンスは懐中時計を手に落ち着きなく言った。傍らの駅員がチェックリストをめくりながら答える。

「疎開避難に出た‟フクシア”と‟オールド・アーチー”……物資輸送の‟タイガーフット”、‟ミネルヴァ”……あと、‟オリバー”と‟パメラ”もまだ戻ってきていません」

「……そうか」

 落胆と不安の色が乗務員や機関車たちの間に広がる。

「オリー……パミー……大丈夫だろうな」

「どうしよう、爆撃されてたら」

 不安げに入口の方を見やるオーガスタスとイザベルに、オクタヴィウスが言った。

「馬鹿な想像はよしましょう。きっと帰ってきます」

 その時、二つの汽笛が遠くから響いた。

「あれは誰だ?」

 気付いたローレンスが、音のした方を眺め、目を細める。オーガスタスとオートコーチたちは逆にざわめき立ち、目を見開いた。

「この音……は!」

 双眼鏡で構内を見張っていた保線員が、声を上げた。

「か、帰ってきた!あと二台が帰って来たぞ!あの姿はきっと4800クラスだ、‟オリバー”と‟パメラ”だ!」

「あ……」

 歓喜の知らせに、群衆の中にもざわめきが走った。イザベルが安堵の笑みと同時に涙を浮かべ、そして思い切り、朝靄の中の二台に叫ぶ。

「おかえり!オリバー!トード!それにパメラ!」

 割れんばかりに鳴り響く声が、僕らを出迎えてくれた。あちこちでピーッ、と甲高い汽笛が鳴る。

「よかった!無事だったかみんな!なかなか帰って来ないから、心配したぞ」

 駅長さんが走り出てきた。ペッパーさんが帽子を脱いで敬礼をする。

「ルートを外れたんで、途中で休憩を入れたんです……どうもご迷惑おかけしました、駅長」

「お前らぁ!生きてたんかこのやろぉ!ようやった!ほんまにようやったで……!」

「ジュリアーン、やめてくれぇ……俺肩だけじゃなくて、全身痛いんだって」

 オーガスタスのクルー二人も走り出て、こらえきれなくなったように僕らのクルーに飛びつき、肩を叩きあう。みんなが生きて帰ってきた僕たちを言祝ことほいでくれた。

 僕はオーガスタスに目を留めた。彼は静かに微笑んでいる。何も言わなかったけれど、言葉を交わさなくてもなんとなくお互いの気持ちは分かっていた。

「やれば出来んじゃねえか。ふたりとも見直したぜ」

 兄さんは穏やかな微笑みを浮かべて僕らにそう言った。

「ありがとう」

 僕も同じ微笑みで返す。

「えへへっ、褒められちゃったわ」

 パメラは照れたようにはにかんでいる。

 その時、僕らの頭上でプロペラ音が響いた。

「……また爆撃か?」

 オーガスタスが緊張した顔で言うと、駅長さんが通過する飛行機を見上げて穏やかに言った。

「いや、あれは味方の飛行機だよ」

 見れば、確かに羽には青と赤の円がついていた。大英帝国軍だ。飛行機は黄金に輝く朝の空を、誇り高い鳥のように優雅に舞っていた。

 みんながそれを感慨深く見上げる中、駅長さんがつぶやくように言った。

「もう、終わりが近いようだ」