Доброе утро! - 1/2

※原作漫画「RISING」準拠、ロシアチームのリーダーとその周りの日常の話。

※一応腐向けではない。恋愛描写なし。

※設定は原作その他と一切関係なし。勝手な妄想を多分に含みますので、不快な場合は逃げてください。


 絹のカーテンを破いていくように、ゆるやかに夜は終わりを告げる。

 重いビロードの闇は消え去り、霧とともに白い朝が来る。

 おはよう世界。

 今日の気分はどうだい。

 窓辺から差し込んでくる光に照らされて、今朝も目覚ましが鳴る前に目が覚めた。外からはもう早騒ぎ出した小鳥のさえずりが聞こえる。階下からはそれとは違う楽しそうな声が。

 何も代わり映えのない一日の始まりだ。俺はベッドから起きあがって、現実のカーテンを開ける。

 窓にかかる楡の枝が光に透かされて、まるでシダ入り水晶のように輝く。冬に向かいつつある冷たい空気が、色づいた葉に無数の露の珠を残す。美しい景色だが、まだ醒めきっていない頭と目には、少々刺激が強い。

 今日の夢は悪くなかった気がする。気がついたらもう忘れてしまったが。だがなんとなく薄青いイメージと、寂しいような後味だけは残っている。

 眠気と自分らしくない物思いを振り払うように、俺は急いで出かける支度を始めた。

 手早く制服に着替えて、癖は直らないが丁寧に髪を梳かす。隣の部屋の主からは「セットしなくてもかっこいいからいいな」などと言われるが、当人にとっては色々と迷惑だ。

「……代わり映えしないな」

 鏡を覗き込んで、俺は独りごちた。梳き終わってみたところで、鏡に映るのはやっぱりいつも通りの結果。……冴えないって程じゃないが、もう少し、何とかならんのか。顔色は悪くないが。

 一本歯の欠けた櫛を机に置き、不愛想なもう一人の自分に別れを告げる。それから鞄に必要なものを詰め込んでから扉を開けた。

 廊下に出て、通りがけに隣の部屋のドアを叩く。

「おい起きろ。遅刻するぞ」

「ん~……えっ、もうそんな時間!?」

 まだ布団の中にいたらしいボリスが、焦った声を上げて起きる気配がした。

「そうだ。早く起きろ」

 一言だけ告げて、食堂のある階下に降りた。

 養育センターは朝から騒がしい。俺達を含めて、一クラス分の子供がいるから当然だろうが。洗面を済ませて朝日の差す回廊を歩いていると、襟元の乱れたボリスがバタバタと追いかけてきた。

「おーい待ってくれー」

「遅い。規律がないからってたるんでるな」

「ヴォルコフの手下のクソ教官みたいなこと言うなよ」

 ボリスに指摘されて、未だ染みついた慣習が抜けきらない自分に嫌悪感を覚える。

 一年と少し前、あの事件の後……BBAロシア支部の取り計らいで、宿無しの俺達がたどり着いた「ゴルベヴァ子供養育センター」。ここは「自由と自律」がモットーで、それほど日常生活に厳しい決まりはない。「普通の家庭のルールと同じ」なんてセンター長ゴルベヴァは言っているが、普通の家とやらもこんなものだろうか。

「顔ぐらい洗え。髪もぼさぼさじゃないか、俺以上に」

「そんなんあとでやるよ。それより朝飯!」

 などと漠然と歩いていたら、朝から騒ぎ立てていたちび共に見つかってしまった。

「あ、ユーリさんとボリスだー」

「おはよう!おはようおはよう!」

「おー、朝から元気いいな……お前らもう飯食った?歯磨いた?俺達今からだから、頼むからどいて」

「基礎校は始業が早いんだよ。まとわりつくな。遅刻しちまう」

 油断している間に、あっという間に大勢に囲まれてしまう。センターには様々な年齢の子供がいるとは言えど、実質俺達が最年長だから仕方なしな部分もあるのだろう。皆同じような境遇で、“普通の家庭”を知らない子供たちには、俺達は親代わりに近い、年上の兄弟に見えているに違いない。

「今日は二人とも学校ですか?ユーリさん、またバトル教えてください!」

「ずるい、私も!ねえボリス、終わったら遊んで!」

「おいこら、やめろ!袖を引っ張るな!」

「今日は五限まであるんだ。悪いが、またな」

「「「えーっ」」」

 走り寄ってくるちび共をあしらいながら、食堂の扉を開ける。

 南向きの明るい大広間には、よく見知ったもう二人がいた。

「おはよう」

「おはよう!」

「あ、今日ボリスもいる。おはよーっ」

「おはよう。今日は二人とも早いな」

 食卓の片端からイワンが、焜炉プリターの側からセルゲイが答えた。セルゲイは借り物のエプロン姿で、鍋をかき回している。既に一つ半空になっている大きな鍋の中では、彩り鮮やかな野菜のシチーが煮えている。

「お前もな。朝から張り切りすぎじゃないか?」

 思わず訊ねると、彼は笑って言った。

「いや、いいんだ。俺の数少ない楽しみだから。ほらお前の分だ、このくらいでいいか?」

「ああ」

 受け取りながら、そんなものだろうか、と俺は思う。長らく義務的に用意されたものしか食べたことがないし、世の母親からは献立を考えるのが大変だとか、そんな話ばかり聞くが。

 だが誰かの役に立つというのは、きっと嬉しいことなのだろう。早々にそんなものを見つけられて、馴染んでいる彼を羨ましく思う。

「なんか兄貴っていうか、母ちゃんみたい」

「セルゲイが当番だと飯が美味くていいな~」

「言っちゃ悪いが、お前らの時はたまに悲惨だからな……」

「だいたいユーリのせいだよ!」

 間髪入れずに元気よく言われたので、俺はボリスの脇腹を思いきり小突いた。左ジャブを食らったボリスは、涙目で体を折る。

「いってえ……」

「俺だけのせいにするな。お前この間鍋焦がしただろうが」

 日替わりの当番があるし、朝食の時間もあらかた決まっているが、食うのもみんな一斉にというわけではない。“普通”の家庭も兄弟が多けりゃ、もしかしたらそうなんだろう。

 元気なちび共は言われなくても早くに起きだすので、朝食は必然的に当番の出来る年長組と、寝坊か訳ありの初等・幼年生、それから大人の世話の必要な幼子数名が最後になる。

 いつもの面子で一緒に飯を食う。ボーグにいた頃も同じだったはずだが、距離はあの頃よりも近いし、何より部屋が明るい(あの頃より美味いかどうかは当番によって異なるが)。

「セルゲイ、今日も夕方はバイト?」

 ボリスが尋ねると、セルゲイはうなずいた。

「ああ。そんなに遅くならないから、夕飯も心配しなくていいぞ」

「いいなあ。俺も早くバイトしたい」

 ボリスが羨ましげに言ったが、セルゲイは怪訝そうな顔をした。

「お前はもう少し成績を上げないと駄目じゃないか?」

「大きなお世話だ!」

 鋭く指摘されて、ボリスは声を張り上げた。

(アルバイトか……)

 そのやり取りを聞きながら、俺は思う。先の夏は事情があって特別に考慮されたが、継続的なアルバイトだけは、十五歳になるまで禁止なのだ(しかも成績が一定以上でないと許されない)。ゴルベヴァは給金が少なかったことに対して、工場に「不当だ」と怒っていたみたいだし。

 働くことはやぶさかではないし、むしろ俺も少しでも早くそうしたい。既にそれよりひどいことをさせられていたんだし、今更どうした、という思いもある。

 俺はボリスよりも成績はいいから、たぶん来年にはすぐ許してもらえるだろう。……もう少し自由に使える金があったら、多少髪の手入れも出来るだろうし。

「何考えてんだよ?嫌いなものでもあった?」

「冗談言ってるのか?」

 脇から問うてきたイワンに答えて、俺は皿の中身を綺麗に片付けた。

 朝食は時間がばらばらなので、出来る齢なら、自分の皿は自分で片付けるのが決まりだ。

「俺洗うから濯いでよ。そこに置いてあるやつもやるから」

「ああ」

 この程度のことなら昔から自分達でやっていたので、別に苦ではない。まだ自分で洗えない幼年組の分もついでに片付ける。手早く洗い終わった皿を拭いて元の棚に戻すと、赤ん坊に離乳食をやっていた職員が笑った。

「完璧ね。行ってらっしゃい」

「行ってくるよ、デラシネ」

「行ってきます」

 通りがけに、ボリスはまだ飯を食っているイワンの頭に手を置いた。

「ようクソガキ。早くしないと初等に遅れるぞ」

「うるせぇ!来年はお前らと同じ基礎課程だからな!」

 真っ赤になって反撃するイワンを横目に、ボリスはにやにや笑った。

「ピッカピカの五年生じゃん。そのころ俺らはもう卒業だよ」

「お前が中等に行けるわけねえだろ、バカボリス」

「てめー!」

「おい、行くぞ馬鹿」

 頃合いを見計らって、ボリスの襟首を掴んで止める。壁の時計もちょうど七時半前を指している。ここで喧嘩などされたら完全に遅刻だ。

「あ~、ユーリまでひどい……」

 大げさに嘆くボリスを引きずって、二人してセンターの玄関を出た。