Pelargonium - 1/2

※「きかんしゃトーマス」及び「汽車のえほん」の10番と11番短編。

※擬人化に分類してるけど原型展開。微妙に腐向け。

※TV版・原作設定ごっちゃ混ぜ。捏造・キャラ崩壊注意。了承できなければ脱出です。


「……ええ、とっくに知ってましたよ。あなたがあの時本当は“助けて”と言いたかったこと」

 夕闇に沈む操車場、終業間際の喧騒の片隅で、黒い機関車は囁いた。微笑と共に放たれた声の向かう先には、小さな緑色の機関車がいる。

「そうだよ。せっかく出会えた味方だ、このチャンスを逃したら助かる術などないことは分かっていた。でも、言えなかったんだ」

 声を掛けられた緑の機関車はため息交じりに言った。水平線に近づきその足を速める太陽が、彼の表情に物憂げな陰影を添える。

「僕は今まで大きな機関車には蔑まれ、時代が変わってからはディーゼルや人々からも馬鹿にされ、不必要だと否定された。逃亡の途中で、親切な顔をした鉄道員に騙されて捕まりかけたこともあった。だから……たとえ、“希望の島ソドー”からの使者だと分かっていても、同じ“大きな機関車”である君に、素直に“助けてください”とは言えなかった。拒まれるんじゃないか、また裏切られるんじゃないかと思っていた。……おかしいよね、黙っていれば本当に死が待っているだけなのに」

 彼はそう言って、暮れなずむ水平線の方を眺めた。

 赤い太陽が夕月から逃げ切り、海が血の赤から暗い闇に変わる。

 黙り込むオリバーを見つめ、ダグラスは皮肉めいた微笑を浮かべた。

「なるほどですな。気持ちは分かりますよ。だけどあの言い方じゃ、鈍いか冷たい機関車には分からないでしょう。もしもあの時私がその意図に気づかずに走り去ったら、どうしたんです?」

「……本当に蒸気がなくなるその時まで、抵抗はしただろうね」

 目線を海に向けたまま、オリバーは答えた。

「なんと愚かな。……でも、あなたらしいと言えば、らしいですよ」

 彼の答えを聞き、ダグラスはまた笑った。

 それからふと真剣な表情を取り戻すと、厳かな、しかし優しい温かみを込めた声で、彼は目の前の機関車に語りかけた。

「オリバー、私は嬉しかったんですよ。あの時あなたを助けることが出来て。見殺しにする気なんて、初めからなかった。だから、ちゃんと助けてと言ってほしかったんです」

 嬉しかった、という彼の言葉に、オリバーが振り返る。かすかな驚きと疑問を浮かべるその目を、ダグラスは真っすぐに見据えて彼に語った。

「ここに来る前、私はあなたとまったく同じ立場だった。生き残るのはソドーに買われたドナルだけで、私は本来なら、スクラップになるはずだった」

「……どうして、生き残れたの……?」

 今度はオリバーが彼に問うた。ダグラスは一拍言葉を飲み込んで、彼に答える。

「ドナルが知恵を使って、私も一緒に連れてきてくれたんです。ハット卿にはもちろんすぐにばれましたけど、でも、彼は私も快くこの島に置いてくれた。私もかつては、そうして誰かに救われた側だったんです」

 “生まれた時から一緒だから、今更離れたくなんかない”。そう言い出したのは他ならぬドナルドだった。

 兄に従い、冷淡な鉄道会社が決めた番号を捨て、互いに互いの名前を付けてソドーへと逃げた。

 そんな彼だから、あの日バローで、錆びついた貨車とがらくたの隙間で震えていた小さな機関車の姿に、痛いほど惹かれたのだった。

「私はドナルがいた、だけどあなたは独りだった。私より小さくてたったひとりなのに、他の客車やブレーキ車も救わなければならなかった……逆の立場だったら、私も寂しくて怯えて、口も利けなかったかもしれない。そう思った時、私はあなたをどうしても救わなければという、そういう衝動に駆られたんです」

 そう言ってダグラスは、深いため息をついた。

「……私が救いたかったのは、かつての私だったのかもしれませんね。まったくのエゴイズムで、申し訳ないですが」

「でも僕はそのエゴで助かったんだよ」

 ふいに言葉に割り込まれ、ダグラスは驚いて黙考から覚める。目の前のオリバーは真っすぐに彼を見据え、確かな信念を滲ませる言葉で、彼に語った。

「ダグラス、本当に、“自分のため”にならない行動なんて、早々ないよ。僕らが“役に立ちたい”と願うのも、結局はお客さんが喜ぶ姿が、僕らの喜びだからだ。僕らは結局自分の幸せのために行動してる。……それに、本当に君が自分勝手な奴なら、あんな危険な状況では、僕らを見捨ててすぐに逃げたはずだ。ディーゼルと見張りの人がたくさんうろついていたし、下手をすれば君も連れて行かれる可能性があったんだからね。あれはエゴなんかじゃないよ。意味が繋がったんだよ。ドナルドと君の勇気が、僕に繋がったんだ」

 ダグラスは驚いて目を見張り、しばらく言葉を失っていた。

 自分よりはるかに年若いこの機関車が、そんな悟りきったような台詞を口に出したことに驚きを隠せなかった。

 彼は先ほどよりも長い間押し黙り、それから、やっと適切な言葉を探し出して、彼にこう言った。

「勇気が繋がった……ですか。歳の割に、達観したこと言うんですね」

「いろんなことがありすぎたからさ。でも、それで君に出会えたのなら、悪くないよ」

 彼はやはり、老熟した大人を思わせる雰囲気を漂わせて言った。それからふと、表情を曇らせると、今度はまるで幼い子供に戻ったかのような口ぶりで、こう囁いた。

「これからも友達でいてくれる?」

「今さら何ですか。当たり前ですよ」

 ダグラスは答えた。

「僕が勇敢でも、機敏でもなくても?」

 オリバーに問われ、彼は期せず笑う。

「もちろんです。あなたこそ、こんな怒りっぽくてプライドばかり高い奴が友達でいいんですか」

「そんなの気にしないよ。ダグラスは、ダグラスだもの」

 年若い機関車は、彼にそう答えた。ダグラスは内心嬉しく思い、彼にこう返す。

「ではオリバーはオリバーのままでいてくださいね。ああ、すぐ自惚れる癖は直した方がいいですけど」

「ははっ……もちろん」

 オリバーは苦笑いの中にも、一抹の決意を滲ませて言った。